秘めたるイケボは恋の予感?!
『じゃ,また明日。すぐ帰れよ』
「うん。任務だけ達成したら。ばいばい初那くん」
名残惜しさを感じながら,私は通話終了のため画面をタップした。
「いや~彼氏ですか? いつの時代も電話はドキドキしますね。今時の子達の方が積極的かな」
話し掛けられるタイプのタクシーだったみたい。
私は友達ですと返しながらも,頬の熱を誤魔化せなかった。
「もう,ものの10分で着きますからね。急いでるなら降りる準備を」
「はい……ありがとうございます」
そうだ。
私は忘れ物を届けるためにいるんだった。
そう思い出して,その10分後,私は無事に到着することが出来た。
「ビル……」
このどこかで,若菜くんは収録するんだ……
着いたことを連絡して,現場のあるビルを見上げる。
待っていると,若菜くんは直ぐに出てきてくれた。
「遥菜ちゃぁぁん。ありがと~ぉ」
台本を受けとる時には既に半泣き。
常に素直な若菜くんを見て,私はつい軽く笑ってしまう。
「ごめんね頼んでる側が急がせちゃって。コーヒー買ってきたけど飲める? あっちにベンチあるから」
「えっいいの?」
少し多めのタクシー代にコーヒーまで。
手渡されて,私はベンチまでナチュラルなエスコートを受けた。
「あの,急いでたんじゃ」
「あーうん,5分くらいなら大丈夫。あんまり距離ないのに戻れなかったのは高速乗っちゃったからなんだよね」
私が間に合うか心配していたんだろう。
若菜くんはベンチに腰を下ろすと,気が抜けたようにふぅと息を吐いた。
「ほんとにありがとう。遥菜ちゃん」
「ううん全然! 私なんて台本もって車に乗ってただけだもん。何にもしてないよ……!」
帰りは駅まで歩いてそこから……って予定だけど,その電車代もくれると言うし。
「その乗ってるだけの,遥菜ちゃんにとって何の意味もない行動を俺のために取ってくれる人なんてそうそういないんだよ。俺は……こんなアホみたいなミスしてる場合じゃないのに……」
すごく,落ち込んでる。
そんな小さな失敗1つで何もかもなくなってしまうみたいな。
「若菜くんは……どうしてうちの高校に転校してきたの?」
唐突に,そんな疑問が湧いた。
自分の職業も,好きなことも色んな人に明かしているのに。
その話をしているとこほは見たことがない。
「……両親が,離婚して。父親に着いてきたんだよ。遥菜ちゃんとも会えたし,現場も前より近いし。今は転校して良かったなって思ってるけどね」
どうして,私を見て笑ったんだろう。
いつもみたいな笑顔じゃない。
目を細めて,緩めて,瞳が見えないようにされている。