一途な溺愛が止まりません?!〜従兄弟のお兄様に骨の髄までどろどろに愛されてます〜

14、男勝り

 その日はオレンジのパウンドケーキを用意し、紅茶を入れる。

「兄がいるんですけどね、今城仕えの騎士をしてるんです。兄は女の私にまで剣を教え込む程、昔から剣術が好きで。今は仕事が楽しいって言ってます」

 レッヒェルンとのお茶会という名の二人でコヘンのお菓子を食べる会で、彼女は自分の兄のことを話し出した。

「へぇ! すげぇな! 女でも剣を使えるのか!」

 話を聞いたレッヒェルンはコヘンの剣の腕前が気になり出す。

「なぁ、勝負してみねぇ?」
「いや、絶対負けますよ?」

 そうレッヒェルンに言われ、コヘンは苦笑いをした。

「大丈夫、大丈夫! 手加減すっからよ!」

 レッヒェルンに強引に誘われ、次の日の昼休みに試合をすることになったのだ。

 剣技場には多くのギャラリーが集まり、ガヤガヤと騒然とする。やはり女性が剣を握るのが珍しいということと、剣術でヴァールに次ぐ強さを誇るレッヒェルンが交戦するのだ。その場は野次馬で溢れかえっていた。

 レッヒェルンは一メートルの真っ直ぐな両刃の剣身の両手剣であるロングソード、コヘンは細長く鋭い剣身を備えているのが特色のナイトリー・ソードを手に持つ。

 首から提げてるネックレスの赤い石を壊すか、地面に膝をついたり体をつけるかしたら負けというルールでの一本勝負が始まった。

「女に暴力は振りたくねぇから、早めに決着つけさせてもらうぜぇ!」

 そう言ったレッヒェルンは防御の鎧がある足を剣を使って掬うような動きで攻撃を始める。コヘンを軽く転ばせて勝ちを取りに行こうとしたのだ。

「レッヒェルン先輩には、本気で来て欲しかったです……!」

 コヘンは剣を素早く彼の顔目掛けて突く。レッヒェルンは顔のすぐ横を突かれ、驚いた。そして高く飛び上がり、レッヒェルンのガタイのいい肩の上に片足を乗せ、また瞬時にそこから降りる。彼が彼女の身のこなしに度肝を抜かれてる隙に、膝裏に蹴りを入れた。曲げるために隙間が空いているそこは防御力が弱い。レッヒェルンはバランスを崩されそうになるが、流石の彼は体感も鍛えてるので持ち直した。

「先輩、流石です」
「こりゃ、手を抜くのが失礼になるかもなぁ!」

 ある程度切られても鎧に魔法を施してあり、衝撃はあっても大丈夫にはなっているので、レッヒェルンも本気を出そうとコヘンに剣を振りかざす。

 しかしその剣は空振り、地面に傷をつけただけだった。

 思ったよりも思いっきり剣を振ったせいで、深く地面に剣がめり込んでしまい、抜こうとしてる時コヘンから容赦なく攻撃が入る。

 レッヒェルンの厚い胸板を真正面から蹴り倒し、バランスを崩しかけたところを狙って、首にかけている赤い石がついたネックレスのチェーンに持っていた細長い剣を引っ掛け、彼を後ろへ倒すようにチェーンを使って首を引っ張った。

 流石に首を狙われては苦しいレッヒェルンはその力に従うしかなく、とうとうバランスを完全に崩してしまう。

 そして一瞬足元がふらついたレッヒェルンの足をコヘンの足先で掬った。コヘンはチェーンに引っ掛けた長い剣を地面に刺し、レッヒェルンはとうとう体の後面を地につけてしまう。

「……すげぇな! 負けたよ! なぁ、また勝負してくれ!」

 一瞬何が起こったか分からなかったレッヒェルンだが、目の前の女性が自分を負かしたことを理解し、素直に相手を尊敬した。

 そしてニカッと笑うレッヒェルンの顔を見て、コヘンは眉を下げる。

「いいえ、私の負けです」
「えぇ? 勝ちだろぉ?」
「いえ、負けなんです」

 意味が分からないレッヒェルンは首を傾げた。

 コヘンはこの屈託のない笑顔を見て、レッヒェルンに完全に恋に落ちたのだ。もう紛らわすことが出来ないこの気持ちを認めるしかなく、好きになった方が負けという意味で心の中で負けを認めるのだった。



「コヘンがレッヒェルン先輩に勝つとは思いませんでした。でもあの子運動できなさそうに見える見た目なんですが、昔から運動神経抜群なんですよ」

 親友が強いことはシュティッケライにとっても嬉しいことで、笑顔でこの間の決闘のことを話す。

「レッヒェは油断するとダメダメですからね。まぁ、彼が本気を出せば分かりませんでしたよ?」

 少し可笑しそうにビブリオテークは笑った。レッヒェルンの剣の腕は同学年ではヴァールくらいしかかなう者がいないのは周知の事実で、ビブリオテーク自体も剣の腕が立つ親友を誇らしく思っているのだ。

「油断した方が悪いんですよ? 本当の戦いだったら大変だったんですからね」
「そうですね。でも、その戦いがないように非暴力で戦ってるのが、我が国ですから」
「そうですね……」

 シュティッケライはその力になりたいと宰相を目指している目の前の眼鏡をかけた人を見つめる。

「さて、次の魔法陣の術式ですが、この間の応用なので解けると思いますよ」

 話をレッヒェルンたちからさっきまで進めてた問題に戻したビブリオテークは問題の説明をした。

 シュティッケライはその魔法陣を見てハッとする。先日出たばかりの最新の魔法辞典に載っていた魔法陣だったからだ。

「あ、この魔法陣……新たに術式改訂されましたよね。新版の魔法辞典にも載っていて、改訂版の方がより安全に魔法をかけられるみたいで」
「え……? そうなんですか?」

 ビブリオテークは驚いた顔でシュティッケライを見た。

「あ……はい。す、すみません! せっかく教えて貰ってるのに! 別にビブリオテーク先輩の教えた内容が間違ってるわけじゃないんですよ?! 改訂版が出ただけなので、その解答でも丸は丸です! あはは、本当にごめんなさい! 可愛くないですよね! こんなんだからモテないんですよ。人を立てるってことを知らないので、嫌になっちゃいます! あ、でも他にも理由はあると思いますが!」

 シュティッケライは自虐を早口で言い終える。額には冷や汗が出て、手にも汗を握った。どうこの場を落ち着かせようか彼女なりに頭を巡らせるが、一向に良い考えは浮かんでこない。ビブリオテークに嫌われてしまったと思った彼女の顔色は真っ青になっていた。

 しかしビブリオテークの反応はシュティッケライの想像とは違うものだった。

「感心しました。やはり貴方は凄いですね。あの分厚い辞典に載ってる沢山の魔法陣をちゃんと覚えてるとは。モテないのは周りの男共は見る目がないからではないでしょうか? 自分より劣った女性しか認められないのは器が小さいんです。気にすることはありません。それにあなたは顔も可愛いと思いますよ? 安心してください、シュティッケライさんには素敵な男性が現れます」

 ビブリオテークにそう言われるが、そのシュティッケライにとっての素敵な男性はその言ってる本人であり、彼女は男を立てることが苦手な自分を良いと言ってくれる彼に完全に恋に落ちる。気になる男性から、本当に好きな人へなったのだ。

「現れてはいますよ……?」
「そうなんですか? それは失礼しました」

 ビブリオテークに笑われ、シュティッケライも微笑み返す。彼と過ごすこの時間が永遠に終わらないで欲しいと願うのだった。



「「はぁ〜〜」」

 次の日の昼休み、コヘンとシュティッケライは同時に溜息をついた。

「コヘン、シュイ、どうしたの?!」

 プリンツェッスィンもいきなり親友二人が溜息をつくので驚く。

「コヘン様、シュティッケライ様、気持ちが落ち着くハーブティーです」

 すかさずシャイネンは暖かいハーブティーを二人に入れた。

「シャイネン、ありがとう……」
「お陰で少し落ち着いてきたよ」

 二人はハーブティーを飲み干し、ふぅと息を抜く。

「どうしたの……? 何か悩み事?」

 プリンツェッスィンは眉を下げ、心配した様子で二人を見つめた。

「「……」」

 そして二人は黙ってしまう。

「言いたくないならいいんだけど……。もしかしてレッヒェルン先輩とビブリオテーク先輩のこと?」
「「えぇ?!」」

 驚く二人を見て、プリンツェッスィンが優しい瞳で二人を見つめ微笑んだ。

「そうじゃないかなって。二人とも先輩たちとの約束前はそわそわしてるし、少なからず惹かれてるんじゃないかなって思ってね」

 ふふふとプリンツェッスィンは穏やかに笑って見せた。

「……好きになっちゃいけないの。私は婚約者がもうすぐ決まるわ。婚約者に申し訳が立たないもの」
「私も歴史ある侯爵家のビブリオテーク先輩とは家の格が違う。伯爵家と言っても事業が火の車の没落寸前の家だもの」

 プリンツェッスィンは切ない気持ちになる。親友二人の恋が上手くいかないのを見て純粋に友としての辛さと、自分自身の恋も何故かこのままだと上手くいかない気が少なからずして自分に重ねたのだ。

「上手くいかないものだよね……」

 目を伏せそう言うプリンツェッスィンを見て、コヘンが口を開く。

「ツェスィーも好きな人いるの?」
「うん、それは前から気になってたかな」

 いきなり自分に話が振られ、プリンツェッスィンは動揺して持っていたカップを落としかけてしまった。

 目の前の親友二人には隠したくないが、ヴァールに二人の関係は他には言わないでと口止めをされてるプリンツェッスィンはシャイネンを見つめ、助け舟を求める。

「姫様、約束は約束です。御相手のご迷惑にならない事が第一かと思います」

 しれっとシャイネンは視線の答えを返した。

「シャイネンは知ってるのね。いいな」
「まあツェスィーは王女様だもんね……。国家秘密かぁ」

 自分たちは話したのにと燻ってもいいのに、目の前の親友二人は素直に引下がる。

「ごめんなさい……。でも聞いてみるわ、あなた達だけなら言ってもいいか。私も本当は言いたいもの」

 プリンツェッスィンは申し訳なさそうな顔をしてコヘンとシュティッケライに謝った。

「いいのよ? 気にしないで」
「うん、ツェスィーの立場なら私だって言えなかったと思うし。それに……」

 そう言ったコヘンとシュティッケライは目線を合わした後、プリンツェッスィンを見つめ口を開く。

「「誰かは何となく想像つくから」」
「え?!」

 まさかヴァールとの関係がバレてるとは思ってなかったプリンツェッスィンは冷や汗をかいた。

「距離感おかしいからね」
「ちょっとあれはね、何かあるのかなって思っちゃうよね」

 二人だけではなく全校生徒にバレてるのではと青ざめるプリンツェッスィンを見て、コヘンとシュティッケライは吹き出す。

「あはは。ごめんね。意地悪言って」
「ツェスィーごめんごめん! 大丈夫、分かるのは私たちくらいだと思うから安心して? だってビブリオテーク先輩たちが上手くフェイカーになってるからね!」

 完全にヴァールとのことを見透かされ、プリンツェッスィンは恥ずかしいやら申し訳ないやらでいたたまれなくなった。

「その人に言っていいか聞いたら、言うね」

 プリンツェッスィンはどんなにバレてようが、ヴァールとの約束は破りたくない。そんな口が堅い彼女を親友二人も信頼していた。

「……気持ちを伝えるのはいけないことなのでしょうか?」

 普段会話に入ることはしないシャイネンがいきなり話し出す。

「「え……?」」
「ですので、好きと伝えてみてはどうですか、ということです。婚約者も決まってない今なら、気持ちを伝えるくらいなら許されると思いますし、家の格も相手がこちらを了承してくれれば叶わないことではありません」

 プリンツェッスィンに関して以外淡白なシャイネンがここまで考えてくれるとは思ってなかった二人は驚いた。

「素敵! 良いと思うわ! もしかしたら相手もあなた達のこと好いてくれてるかもしれないし!」

 キラキラとした瞳でプリンツェッスィンは微笑む。

「でも……伝えるってどうしたらいいのかしら?」
「普通に告白するってこと?」

 コヘンとシュティッケライは不安そうにおろおろとした。

「最近入ってきた異国の文化を利用するんです」

 普段プリンツェッスィン以外には無表情のシャイネンはそう言い、少しばかり口角を上げたのだった。



「レッヒェがまさか負けるとは思わなかったぜ! でもよ、そのお陰で賭けには勝ったがな!」

 グレンツェンはニヤリと笑いながらレッヒェルンを揶揄った。

「うるせぇ! いつまでも揶揄うなよぉ!」
「グレン、学園での賭け事は校則違反ですよ」

 グレンに揶揄われ、レッヒェルンは不貞腐れる。そしてビブリオテークは彼を戒めた。

「グレン……。一生徒でもダメなのに、みんなの手本になる生徒会役員がそんなことしちゃダメだよ」
「坊、暗黙の了解で行われてるんだから、細かいこと言うなよ」

 従者の悪人面を見て、ヴァールは溜息をつく。

「それよりよぉ、コヘンかっこよかったなぁ……」

 ポーっとした表情でレッヒェルンは遠くを見た。

「そうですね。まさに男勝りというか。かっこいい女性は好感を持てます」

 ビブリオテークはメガネをクイッとあげ、微笑する。

「はぁ?! ビリーお前コヘンのこと好きなのか?!」
「そんなわけないじゃないですか。私は武闘派より、知的な女性が好きなんです。大体私が言ったかっこいい女性というのは彼女の事じゃありませんよ」

 レッヒェルンがビブリオテークに食ってかかったのを見たグレンツェンは、腕を組み何か思うことがあったようで口を開いた。

「え? レッヒェってコヘンちゃんのこと好きなのか?」

 グレンツェンに痛いところをつかれ、レッヒェルンはおずおずと話しだす。

「……好きじゃねぇよ。まだ」

 好きじゃないとハッキリ言うと思った三人は驚いた。

「レッヒェって少し女性が苦手だと思ってました。男色家だったらどうしようかと心配してたんですよ?」
「へぇ! コヘンちゃん可愛いもんね。家庭的だし、剣も強いってそういえばレッヒェのどストライクかも!」
「好きな女は自分の下半身に聞けばいいんだよ。そこは正直だぜ!」

 三者三様の発言を聞いてレッヒェルンは呆れて脱力する。

「だから、まだ分かんねぇよ。大体、好きになるって感情すら分かんねぇからなぁ」

 レッヒェルンは困ったように首をすくめた。

「人を好きになる……ですか。確かに分かりにくいかもしれませんね。私も気になるくらいしか経験したことないので」

 ビブリオテークは昔馴染みの親友を一瞥し、顎に手を添える。

「ビリーって女が気になることあんのか。俺お前こそ女に興味無いんだと思ってたぜ」
「何失礼なことを言うんですか。私だって男です。気になる女性くらいいます」

 グレンツェンとビブリオテークの掛け合いを聞いていたヴァールは口を開いた。

「……シュティッケライちゃん?」
「は?! な、何で彼女なんですか!」
「ビンゴかぁ。僕、カマをかけるの上手くなった?」

 親友の慌てようを見て、ヴァールはにこりと笑う。

「だってビリーが勉強する時間を返上して彼女の家庭教師してるとか、何かあるのかなって普通思うよ?」

 よく人を見てるとビブリオテークは降参したように、溜息をついた。

「私も好きではないですよ。ただ気になるだけです」
「うんうん。でも良かったね。好きな人が出来るっていいことでしょ?」

 ヴァールは柔らかい表情で笑う。

「そうでもねぇなぁ……」
「不安要素が増えるのはストレスですよ……」

 好戦的な性格の割に恋愛に関しては消極的な親友二人を見たグレンツェンは吹き出した。

「お前ら、超意外なんだけど。確かに、恋愛はめんどくせぇよな、それは分かるよ。でもよ、好きな子の笑顔見たら疲れなんて吹っ飛ぶのを感じると、恋っていいなって思うぜ!」
「そうだね。この子のために頑張ろうって思えるのは素敵な事だし、思いが通じた時は今まで感じたことのない、幸せな気持ちになるよ」

 柄にもなくグレンツェンは二人を励ます。ヴァールも恋愛の良さを語った。

「坊の場合は姫さんとエッチしたらもっと幸せになりそうだけどな!」
「グレン!!」

 主人を揶揄うのを忘れない従者はヴァールをおちょくり、そんな二人を見てレッヒェルンもビブリオテークも自然と笑みがこぼれる。そして昼休みは過ぎていった。
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