一途な溺愛が止まりません?!〜従兄弟のお兄様に骨の髄までどろどろに愛されてます〜

2、二人の従者

 ゲニーの執務室に呼ばれたプリンツェッスィンとヴァールは、それぞれと同じ年くらいかと思われる少女と少年に会わせられる。

「この子たちはある村の生き残りでな。丁度お前たちと同じ年くらいだから遊び相手にもいいかと思って連れてきたんだ。今日からお前たちの従者となるから、仲良くするんだぞ」

 そうゲニーに言われプリンツェッスィンとヴァールは目の前の少女と少年を見つめた。

 銀色の腰までのストレートの髪の毛に同じ色の瞳を持つ少女は、プリンツェッスィンより一つ上の六歳で、背丈は十センチ程高かったが、あまり食べてないせいかやせ細っている。

 また額と右目、首を包帯で巻いている少年はヴァールと同じ十一歳で、闇夜のような黒い髪を持ち、右目を隠すかのようにそっちの前髪だけ長くして隠れてない左目は髪と同じ色をしていた。

 大人たちがいると邪魔かと思ったゲニーは四人を城内にある遊び場へ連れていく。そこには異国の文化を取り入れたブランコや砂場などがあり、城外から遊びに来る幼い貴族子女から人気であった。

「まずは自己紹介からかな? 初めまして。僕はヴァール・アルメヒティヒです。先程いた王の甥にあたるよ。よろしくね」
「初めまして! 私はプリンツェッスィン・フリーデンです! 王の娘よ! よろしくね! あなた達の名前はなんて言うの?」

 ヴァールとプリンツェッスィンに自己紹介されても、目の前の少年少女はうんともすんとも言わない。目線は外していて、幾分かイラついても見えた。

「ねぇ! こっちで遊ばない?」

 プリンツェッスィンは銀髪の少女の手を引く。少女は、自身の手を引っ張ったプリンツェッスィンの手をパシリと払い除け睨み付けた。

「銀髪のお嬢さん、いくらなんでもいきなり暴力はいけないんじゃないかな。ツェスィーに危害を加えるなら僕も黙って見てられないよ」

 ヴァールの表情はにこやかなままだが、銀髪の少女を窘める。

「兄様、大丈夫ですよ! この子は私に害をなそうとしてるんじゃないと思います! 本当に悪意があるなら、爪で引っ掻くなり手が赤くなるほど叩くなりする筈です!」

 プリンツェッスィンの言い草から、友人からさもされたことあるような素振りを感じ、ヴァールは自分が守りきれてない不甲斐なさを感じた。

「君たちとは長期戦になりそうだけど、まずは遊ばない? いや、勝負でもいいよ! 負けたチームは勝ったチームの言うことを一個聞くのはどうかな?」

 ヴァールの提案に黒髪の少年の眉がピクリと動く。

「へぇ。面白いじゃん。いいよ。なあ、お前もやるよな?」

 そして隣にいる銀髪銀目の少女に目配せした。

「くだらない……」
「いいじゃん。こんな機会は滅多にないぜ? この国の王甥と王女に命令できるんだ。さて、どんなこと叶えてもらおうかなぁ!」

 乗り気の少年と、乗り気ではないが仕方ないと参加する少女を包む空気が瞬時に変わった。魔力のベールに身を包み、その目には殺意が宿る。

「ツェスィー、ちょっとした外遊びてきなものを想像してたんだけど、違っちゃったね。大丈夫、君は僕が守るからそばに居るだけでいいよ。念の為にシールド張っておくから、動いちゃダメだからね。『ベヌツエン・ツァオバー・シルト(盾)!』」

 ヴァールはすぐさまプリンツェッスィンの周辺一メートルにシールドを張った。自分よりプリンツェッスィンが優先なのは彼らしく、自分にはシールドは張らない。一点集中のシールドの方が硬さが強化されるからだ。

 詠唱魔法は発動のための鍵の言葉である『ベヌツエン・ツァオバー』、女性なら『ベヌツエン・マギー』を言ったあと使いたい魔法を唱える。この場合『シルト(盾)』が使いたい魔法だ。一度鍵の言葉を発すれば、一定期間は使いたい魔法だけ詠唱すれば使用できるようになっている。

「守ってばかりじゃ、殺される、ぜ!!『ベヌツエン・ツァオバー・エクスプロジィオーン(爆発)!!』」

 耳が痛くなるような爆音が響き、炎がヴァールを包んだ。

「兄様!!」

 シールドに守られていたプリンツェッスィンは目の前で火だるまになるヴァールを見て悲鳴をあげる。

「お坊ちゃま、死んじゃった?」

 不敵な笑みを浮かべる黒髪の少年は目の前に燃え上がる炎の塊を見下ろした。

「いや、死んでないよ」

 ジュッと言う音がし、炎の塊は水で鎮火されたように消え、ずぶ濡れのヴァールが現れる。少年から攻撃される前に水の膜を張ったようだ。しかしかけていたメガネは割れてしまう。ヴァールは割れたそれをポイッと投げ捨て、顔に張り付いた前髪をかきあげる。そして間髪入れず、詠唱した。

「ゲフリーレン(氷結)!」

 少年は、足元から上に向かってピシピシと音を立てながら氷漬けにされていく。口元も凍らされ、凍ってないのは鼻から上のみになった。

「アホらし……」

 殺気を消した少女は、目の前で無様に氷漬けになっている少年を見てため息をつく。

「私たちの負けよ。何か命令があれば言えば?」

 勝算がないと諦めた少女は早々と降伏した。

 ヴァールは魔法を使い少年の氷を溶かし、プリンツェッスィンと目配せをする。二人は何か意思疎通をし、口を開いた。

「「名前教えてくれる?」」

 同時に二人に言われ、少年と少女は驚いたが、すぐ顔を俯き黙り込んでしまう。

 何か悪いことでも言ってしまったのかと不安になるプリンツェッスィンとヴァールに気付いた少女は、慌てて口を開いた。

「私たちには名前はないの。元々暗殺業を生業にしてた民族で、まだ暗殺が出来ない子供たちは仕事で使うコードネームすらないわ」

 殺伐とした生い立ちをもつ目の前の少年少女を目の当たりにし、プリンツェッスィンとヴァールは自分たちがいかに平穏で優しい世界で育ったのかを痛感する。

「シャイネンはどうかしら?」
「え?」
「輝くという意味よ! あなたの髪の毛、キラキラ輝いてとっても綺麗なの! ね? ピッタリだと思わない?」

 プリンツェッスィンにいきなり名付けられ、少女は動揺した。

「じゃあ君は、グレンツェンかな?」
「は? なんで。俺の髪は輝かないぞ?」
「抜きん出ている、輝くで、グレンツェン。ダメかな?」

 ヴァールにふわりと笑みを向けられ、少年は降参したかのように両手をあげる。

「はいはい、分かったよ。俺はグレンツェンね」
「シャイネン……悪い名前ではないわ」

 初めて人の優しさに触れた少年と少女は微かに頬を染めながら、与えられた名前を了承した。

 その日からシャイネンとグレンツェンはプリンツェッスィンとヴァールの従者になる。身の回りのお世話もそうなのだが、時と場合に応じてプリンツェッスィンとヴァールに扮装したり、所謂影のような働きをすることになった。人を殺めることはするなとゲニーからしつこく念を押されたが、いつなんどき主人を守れるようその手の鍛錬も二人は欠かさない。

「坊〜! 坊〜?! あ! 姫さん、坊しらね?」
「あら、グレン! ヴァール兄様のいる場所?」

 グレンツェンはヴァールのことを坊と呼び、プリンツェッスィンのことを姫さんと呼ぶ。

「グレン、邪魔。姫様は勉強中よ。若だったらさっき剣術場に行くって言ってたわ。わあ、姫様流石です! 全問正解してます! 姫様は何でも得意なんですね!」

 そしてシャイネンはプリンツェッスィンのことを姫様と呼び、ヴァールのことは若と呼ぶようになった。

「坊〜! 置いてくなよ!」
「わっ! グレン、重いって!」

 ヴァールに後ろから抱きつき、懐くグレンツェンは最初の毒気はどこへやら、今じゃヴァール大好き人間と化する。またシャイネンも主人以外の人には無愛想だが、仕える主人には極端に甘くデレデレで、プリンツェッスィン大好き人間と化していた。

「グレン、あんまり距離近いのはちょっと……」
「え? 何で? あ、あのこと? そんな気にすんなよ! 俺らが相思相愛なのは、間違ったことじゃないし?」

 ヴァールとグレンツェンの距離が近すぎるせいで、城仕えの女性陣は二人がデキてるんではないかと噂を立てる。

「いや、相思相愛って……」
「え! 坊は俺の事嫌いなの? あ〜ショック……無理生きていけない……」
「あーもう! 嫌いじゃないし、好きだから!」

 呆れて困るヴァールと、面白おかしく調子に乗るグレンツェンの図はいつものことで、金髪に爽やかなライトグリーンの瞳の端正な顔立ちの少年と、群青色の髪に同じ色の瞳のこれまた整った顔立ちの少年がじゃれてる姿は城仕えの女性陣の想像力をかりたたせた。元の色は黒髪黒目のグレンツェンだが、普段は群青色の髪と瞳に扮装しているのだ。

 またシャイネンも元の色は銀髪銀目だが、普段は赤褐色の肩甲骨までのウェーブした髪に深緑の瞳の姿に扮装している。

「兄様、お疲れ様です!」
「ツェスィー、ありがとう」

 ヴァールの剣術の稽古が終わり、汗をかいている従兄にプリンツェッスィンはタオルを渡す。六歳になり、ヴァールにむやみやたらに抱きつかなくなったプリンツェッスィンだが、従者二人は別として親や周りには内緒で月に一度だけという約束のもと一緒にお風呂へ入ってもらっていた。ヴァールも断れずいるのは愛してる人の言うことは何でも叶えたいと思う気持ちと、初心な方ではあるが少なからず下心があるからである。

「坊って可愛いよなぁ〜。男も目移りする程整った顔に、程よく鍛え上げられた体、十二歳ながら魔法、剣術に体術、座学に至るまで同年代に右に出る者がいない程出来る超ハイスペック男子なのに、実態は姫さんには敵わないヘタレ男子とか……。ぷっ! 超ウケる」

 主人を揶揄うグレンツェンはシャイネンから雑にタオルを渡された。

「当たり前よ。姫様は世界一可愛いもの。可愛いだけじゃなく、心根もとても優しいの。どんな男もそんな姫様に骨抜きにされるに決まってるわ」

 何を当たり前のことを言うのかとシャイネンはグレンツェンを冷たい目で見る。

「俺は別にされてないけど?」
「趣味が悪いんじゃない?」
「は? そんなはずねーだろ?! お前可愛……何でもねーよ! バーカ! 坊、行くぞ!」
「ぐぇ! く、苦しい……」

 グレンツェンは後ろからヴァールの首に腕を回し、そのまま引きずるように彼を連れて行ってしまった。

「意味分からない……」
「グレンって本当兄様のこと大好きよね!」
「そうですね。それは本当だと思います。私も姫様のこと大好きですから」

 シャイネンは普段主人しか見せない、柔らかな笑みをプリンツェッスィンに向ける。

「私もシャイネンのこと大好きよ!」
「姫様、恐悦至極にございます」

 そして女子二人も男子二人の後を追うように、城の中に入っていった。
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