玉響の花霞       あなたにもう一度恋を 弍
次の日もそのつぎの日も、
大丈夫と言われつつも、やっぱり
いつもよりは緊張しながら受付に
立っていた気がする


ジュニアも見かけることはあったけど
頭を下げると手を挙げて軽く
挨拶する程度だったし、何も
言ってこなかったから本当にもう
大丈夫なんだと思っていた



『それじゃあ休憩行ってくるわね。』


「はい、お先でした。」


佐藤さんと交代してからチェアに
腰掛けると、溜まっていた入力などを
今のうちにこなすことにした。


来客者の特徴や、好みのお茶や
お茶菓子、趣味などを各部署から
箇条書きされたものが送られてきたり、
来客予定の方の変更や時間変更、
会議室や部屋の予約などもこうして
受付で行っている。


備品で足りないものも
チェックしておこうかな‥‥



えっ?


パソコンの画面の向こうの
エントランスに停まった
一台の高級車に、来客予定はないのを
確認してから立ち上がり姿勢を正した



それと同時にエレベーターホールから
現れたのはジュニアで、私の方を
確認してからエントランスに入ってきた
女性に頭を下げた。


『‥‥‥こんにちは、翔吾さん。』


『会社に来ることはお断りしたはずだ』


黒髪のカットラインの美しいボブが
よく似合うかなり美人の女性は、
真っ白なセットアップのツイードの
スーツを着こなし、服の上からでも
スタイルの良さが引き立っている。



まさか‥‥‥この人がこの間の
ジュニアの婚約者様なのだろうか‥


だとしたら電話応対の際に
お待たせしたことや対応の悪さに
謝る必要もあるかもしれない



『ビジネスとして来たのなら
 構わないでしょ?
 早く案内してくださる?』


ドクン


あまり見てはいけないと思いつつも
目の前の光景に目を逸らさずにいたら
女性と目が合い軽く会釈をしてから
俯いた


コツコツとゆっくり音を鳴らして
近づく足音にさえ頭を上げれず
心臓の鼓動がどんどん早くなる


『‥‥‥ねぇ、あなたって
 この間電話に出られた方?』


「‥‥はい、左様でございま‥ツッ!」


嘘をついても仕方ないと思い、
震えそうな手を握りしめ正直に答え、
少しだけ顔をあげて姿勢を起こすと
同時にパァンという音と共に
感じた痛みに驚いて身体がふらついた



『優花里さん!!何して‥‥
 井崎さん!!大丈夫か?
 君はなんてことを‥‥』


私と女性の間に入った翔吾さんの
背中を見上げながらも立ち上がると、
すごい剣幕をした女性がこちらを
睨んでいた



『僕にはもう付き合いきれない。
 少なくとも関係のない人に
 暴力をあげるような人とはね。
 このことは父にも、あなたの
 お父上にも伝えます。
 どうぞお引き取り願います。』


伊野尾さん‥‥‥

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