玉響の花霞       あなたにもう一度恋を 弍
小夜時雨
筒井さんがフランスに戻られてから、
早いもので9月を迎えようとしていた。


暑い真夏日が続く日本列島は、
信号待ちをしている時に反対側が
陽炎のようにユラユラと揺れ
じんわりと汗が首筋を伝う


会社に来てしまえば快適だけど、
夕方はまだまだ暑く、菖蒲と会社帰りに
飲むお酒が格別に美味しく感じられる



『筒井さんとは連絡とってる?』


「うん‥‥してる。」


短い通話時間だけど、声が聞ける
喜びや幸せがある過ごし方は前とは
全く違う‥‥


耳に届く少し低めの声。
煙草を吐く息遣い。
フッと小さく笑う大好きな癖。
そのどれもが私の中の心を揺さぶる。


『そっか‥‥。良かった‥ほんとに。
 諦めずに頑張ってたこと知ってるから
 帰国したら楽しいことが沢山
 待ってるよ。』


菖蒲‥‥


八木さんのことから、筒井さんのこと、
そのほかにも沢山話をしてきた大切な
親友の存在をありがたく思う


頑張れたのは菖蒲をはじめ、
蓮見さん、亮さん、古平さん、佐藤さん
と素敵な人達に囲まれてるからだと
感じてる。


1人きりだったら、きっと
心が折れてたと思うから、良い方々に
会えた事にも感謝したい


「菖蒲は最近はどう?
 イベント終わったけどまだ
 忙しそうだよね?」


ジュニアも加わって行われた
パティシエとのコラボ企画が
大成功で、メディアや雑誌にも
我が社のチョコレートが大きく
取り上げられていた。



『実はさ‥‥彼ともしかしたら
 ダメになりそうで‥‥』


えっ?


喧嘩した話なんか滅多に聞かない
菖蒲からのまさかの言葉にビックリして
しまう


私の話ばかり聞いてもらってたのに、
菖蒲の悩みに気づけてなくて
恥ずかしくなる。


『そんな顔しないで?
 元々私が好きで好きでやっと
 付き合って貰えた人だから、
 私ほどの気持ちはないってどこかで
 分かってたのかもしれないんだ。』


「菖蒲‥‥‥」


『恋愛ってさ、天秤みたいに
 どちらかが重くなり過ぎると
 ツラクなってしまう気がしてた。
 そうすると、どうして?とか
 なんでこうしてくれないの?とか
 不満ばかり出てきちゃって、
 気付いたら相手の笑顔すら
 奪ってしまってたから、私から
 言うつもり‥‥
 今までありがとうって。』


瞳に涙を溜めて無理して笑う親友の
隣に移動すると、肩を抱き寄せ
一緒に泣いた。


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