女騎士と大賢者の結婚
 どうやらミトラスは出迎えで現れた訳ではなく、神聖な領域へ踏み込まれたくないのだろう。
 魔術は自然の影響を受けやすい。人の手が届かない僻地を魔術師は好み、大賢者ともなれば国から広大な森を居住地として与えられる。

「それは貴殿から婚約破棄を申し出た、そう受け取っていいのか?」

「いいえ、貴女が任務を放棄したことになりますね」

 騎士と魔術師の頂に立つ2人、女王に結婚しろと命じられれば従う他ない。個人の感情で動けないから。ただ、はいそうですか、とはならないのが現実で。

「私は貴殿と結婚しようと、自分を変えるつもりないぞ」

「それは僕も同じです。荷物はそれだけですか?」

 暫し睨み合い、ミレトスが言う。ここでセミラを追い返しては不尾行の烙印を押されるのは彼の方。
 仕方ないとばかり大袈裟に溜息を吐き出す際、荷物がセミラの手を離れて宙に浮く。

「何をする!」

 腰の剣に手をかけるセミラ。

「ここには貴重な動植物が生息しています。傷付けないよう足元に気を付けて下さい。それから」

 ミレトスは眉を寄せ、輝く鎧を顎でさす。

「実に目に優しくない、景観を損ねる色味です」

「し、失礼な! この鎧は陛下より賜わったものでーーって、おい! 待て!」

 外套を翻し、ミレトスはさっさと来た道を戻り始める。

 まるで大きな口を開けたような不気味さを漂わせる森、案内なしでは迷ってしまいそう。しかも、荷物を持っていかれては後を追うしかない。

 ちなみにセミラが持ち込む私物は着替え一式と日記帳のみ。日記は入団した当時から綴っており、セミラの唯一の趣味だ。

 ひとまずミトラスの忠告を聞き入れ、虫や草木を蹴散らさぬよう歩くうち、屋敷が見えてきた。
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