きっと散りゆく恋だった

「あ、そうだ。名前、きいてなかったね」



 花火が消えて、暗い水の中に入る。顔のパーツがはっきりと見える距離で、彼はそう口にした。


「……マミです」

「漢字は?」



 私は重い腰をあげて、近くにあった枝を拾った。そしてまた彼の隣に腰を下ろし、地面に枝先をつける。

 一画一画、丁寧に線を引く。彼は私の手の動きをじっと見つめていた。


「いいじゃん真実(まみ)。シンジツ」

「言われると思いました」

「別にバカにしてないからね? 素敵だと思ってるから」

「嘘偽りない、って意味なんですって」

「へぇ、シンジツ?」

「そうです」


 以前辞書で調べたことがある。一般的には熟語の印象が強すぎて、最初は戸惑われることもしばしばだ。
 小学生の時、名前から連想するイメージを言い合いましょう、という授業があった。

 そのときいちばん多く書かれたのは【正直そう】だとか【嘘つかなさそう】だとか、そういった類のものだった。




「……けど、私嘘ばかりなんです」




 立ち上がって、花火を手に取る。線香花火だった。蝋燭にかざして火をつける。

 彼はまだバケツのそばから、私を見上げている。



「……さっき言ってたの、正解です。失恋したんです私」


 彼はただ、目を伏せたまま私の話に耳を傾けてくれた。そう見えた。

 もはや、ほとんど壁打ち状態だった。押し込んでいた気持ちが濁流のようにあふれ出す。



「情けない話です。ずっと好きじゃないふりして、ただそばにいられればいいって思ってました。でも、違ったんです。私は、私自身にも嘘をついていたんです」



 パチパチと火玉が音を立てて弾ける。ずいぶん暗くなった空間を照らすように、光を放っている。
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