一生分の、恋をした
「…先生、詩ちゃんのことになると、感情的になりすぎです」


病室から出た後、萌音が綾人に話しかける。


「ごめん。病人相手に何してるんだろな、俺は…」



萌音が把握している綾人は、いつも冷静で、仕事中に感情を露わにすることなど滅多にない。


冷たく、機械的だと言われることもある。


4月に内科病棟に異動し、主に綾人の補助に入ってきた萌音も、最初は綾人のことを「とてもかっこいいけど、怖そうな先生だな」と感じていた。


しかし、実は患者のことを誰よりも真剣に考え、丁寧に仕事をしている姿を目の当たりにし、今はとても尊敬している。


そんな綾人を自分も早く支えられるようにと、一生懸命勉強をしてきた。


いつも冷静沈着な綾人の姿を見てきたため、詩が運ばれてきた時からの綾人の姿には、萌音も驚いている。


3日前、救急外来から応援の要請を受けて駆けつけ、真っ青な顔をした詩の処置と採血をしている間、綾人の手が微かに震えているのが見えた。


検査の結果を見ている時の険しい表情。


詩のことは、妹のような存在だと聞いたことがあるから、貧血の原因がわかるまで心配だろうな。


─詩ちゃんが倒れたのはただの疲れが原因で、何事もありませんように。


そう願う萌音だった。





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