一生分の、恋をした
「お世話になりました」


「詩ちゃん、退院おめでとう。また次の通院の時に待ってるね」


萌音が、詩と綾人がエレベーターに乗り込むのを見送りに来る。


詩の付き添いをする綾人が珍しく有給をとっていたことからも、詩のことを本当に大切にしていることが伝わってきた。


2人が愛しあっていることは、2人の間に流れる穏やかな空気から伝わってくる。


─どうか、お幸せに。2人の幸せな日々が、末永く続きますように。


萌音は2人を笑顔で見送った。




病院の外に出た2人。


入院している間に秋から冬に季節が変わり、すっかり外が寒くなっていた。


身震いをする詩に、綾人は自分のマフラーをかける。


「…ありがとう」


「風邪に気をつけろって散々言ったろ。外に出る時は必ずマスクをつける。絶対だぞ」


「過保護なんだから…」


「なんか言ったか」


駐車場に停めてあった綾人の車に乗り込む詩。


「ほら、行くぞ」


「あ、うん」


綾人との付き合いは長いものの、実は車に乗るのは初めてで、詩は少し緊張しながら助手席に座った。



車が走り出してから15分で、詩が一人暮らしをしているアパートに着いた。


元々荷物は多くなかったため引っ越し作業には時間はかからなかったが、「埃が喉に悪い」という理由で、詩はほとんど何もさせてもらえなかった。


しかし、下着だけは見られるのが恥ずかしいため、素早く鞄に詰めた。






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