一生分の、恋をした
─今日も遅くなった。来週からまた入院して2回目の抗がん剤治療に入る予定なのに、準備も手伝ってやれずに申し訳ないな。
夜10時。ようやく仕事が終わり、早歩きで家に急ぐ綾人。
「ただいま」
綾人が玄関のドアを開ける。
リビングのテーブルには、今日もたくさんの夕食のおかずにラップがかけられ、並んでいた。
ふとソファを見ると、お風呂上がりとおぼしき詩が、パジャマを着て頭にタオルを巻いたまま寝ていた。
こんなところで寝てしまったのか…と思い詩を見ると、顔が赤い。
「…詩?大丈夫か?」
綾人の声に、重そうにまぶたを開ける詩。
「…綾人?おかえ…ゲホゲホッ…」
「…咳出てるな。熱は」
「ゲホッ…わかんないけど、あるかも…」
おでこに手を当ててから、聴診器を取り出し胸に当てる綾人。
「熱があるし、喘鳴も結構聞こえる。息苦しいか?」
「ちょっと苦しいだけ…それより、すごく寒い…」
息がしやすいように詩の上半身を起こし、毛布を掛ける綾人。
詩の指先にパルスオキシメーターをつけ、酸素濃度には大きな問題はないことを確認する。
「軽い発作が起こってるな。もう一回吸入しとこう」
綾人は吸入薬をもう一度吸わせた。
「これで楽になるといいんだが…」
眉間に皺を寄せる綾人が、詩の隣に座る。
30分ほど、酸素濃度を測られながら、綾人に繰り返し背中をさすられている詩。
そうしていると、詩の咳が落ち着いてきた。
─綾人の温かい手がとても心地良くて、ずっとこうしていたい…。でも、息苦しさは和らいできたのに、なんだか、どんどん寒くなってくる。とても眠たい…
「綾人…寒い…眠たい……」
そう言い残した後、詩か意識を失う。
床に崩れ落ちかけた体を、綾人が抱き止めた。