一生分の、恋をした
最期の日々
詩の退院の日。


酸素ボンベを携帯しながら、車椅子に乗り、綾人とともに病院を出ようとする詩。


自力で歩くことすら息切れしてしまいできないほどの体調。


それなのに、不思議と心は晴れやかだった。



陸と萌音らが病院の出口まで見送る。



「長月さん、よく頑張ったね」


「詩ちゃん。何かお手伝いできることがあれば、いつでも言ってね」


「先生も永田さんも、ありがとうございました。お世話になりました」


「…それじゃあ、陸と永田さん。しばらく患者さんたちをよろしくお願いします。休暇をサポートしてくれて、本当にありがとう」


詩との残りの日々を過ごすため、長期の休みをとった綾人が、陸と萌音に挨拶をする。


完治はしないまま、もう戻ってくることのない病院に、詩は別れを告げた。




退院には、由羅も駆けつけてくれた。


病状の玄関にいた由羅が、詩の姿が近づいてくるのが見えて、走って駆け寄る。


「詩…!」


由羅が詩に抱きつく。


治療が上手くいかなかったこと、残りの時間を家で過ごすことに決めたことを、詩から聞いていた由羅。



泣かないと決めていたのに、詩の姿を見ると、涙が溢れてきた。


「…よく頑張ったね。会えて嬉しい」



「由羅、心配かけたよね。ごめんね、来てくれてありがとう」



涙ぐみながら、精一杯の笑顔で由羅と向き合った。




治療終了と余命を告げられた次の日には、詩は死を受け入れていた。


恋人に対して余命宣告をした綾人は、自分以上に苦しかったはずだ。


綾人が自分のためにしてくれた、たくさんのこと。



─もう綾人を苦しませたくない。



最期の最期まで、きれいな思い出を作って綾人とさよならをしたい。


お世話になったいろんな人に、笑顔でさよならをしたい。




綾人になるべく負担はかけたくない。

でも、最期のワガママに、してみたいことを綾人に伝えてみよう。



それぐらい、許されるよね。





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