15年後の世界に飛ばされた無能聖女は、嫌われていたはずの公爵子息から溺愛される
27 救出
ヨハネは自らの騎士を指揮し、何十匹というオークの群を掃討する。
たしかにこれだけの群というのはなかなか見ない。
他の騎士団が手も足もでないのも頷けるが、だからと言って、ユリアに同行できない苛立ちが消えてなくなるはずもない。
「団長、全ての魔物の討伐を完了いたしました!」
「よし。すぐにユリアの元へ向かうぞ!」
予想よりも時間がかかってしまった。
すでに日は中天を過ぎ、傾きはじめている。
俺は馬にまたがると、部下を置き去りにする勢いで昨日の沼地へ向かう。
ユリアの言う通り、王宮の近衛兵どもも無能ではない。それは分かってる。
しかし自分以外の誰かにユリアを守らせることへの不安は絶えずつきまとう。
俺以上に、彼女を本気で守れる人間がいるか。
たとえこの命を失ったとしても構わないと思うほど、己の身を顧みず。
(ユリア、早くお前の顔をみたい。この腕に、お前を抱きしめたいっ)
たった数時間しか離れていないのに、恋しさが募る。
自分の中に、こんなにも誰かを慕う気持ちがあることに内心驚きを禁じ得ない。
紛れもなく今胸に抱いているこの気持ちは俺自身のものだ。
(……どういうことだ?)
いざ目的地に到着してみたが、ユリアの姿はおろか、騎士の一人もいなかった。
場所を間違えていないかと確認するが、問題ない。
恋しさが焦燥感に変わる。
(王都へ戻ったのか?)
しかし沼地の周囲を探索してみたが、あるはずの大勢の人間たちの足跡がない。
俺は王都への道をたどっていく。
やがて馬車を発見したが、様子がおかしい。
馬車の周囲には近衛兵たちが転がっている。全員、死んでいた。
馬車を確認したが、そこにユリアの姿はどこにもいない。
この死体の中にユリアが?
考えたくもないことが頭を過ぎる。
確認するが、ユリアの姿はどこにもなかった。
近衛兵たちが魔物にやられたのではないことは鋭利な傷跡を見ればすぐに分かった。
これは刃による刺傷。人間にやられたのだ。
いくらお粗末な腕前の連中とはいえ、盗賊ごときに後れを取るはずもない。
(いったい誰が……いや、今はそんなことよりもユリアの行方だ)
俺は耳飾りを外した。
※
窓ひとつない地下牢は時間の感覚がなく、ここに連れてこられてからどれだけの時間が経ったのか、今が朝なのか夜なのかも分からない。
心身共に疲れ果て、何度か気絶するように眠り、目を覚まし、また眠った。
お腹が催促するように鳴る。
私が音を上げるまで食事は出さないつもりらしい。ただ水は出るから死ぬことはない。
しかし体は確実に衰弱していた。
何度か兵士がやってきて、「協力すれば好きなだけ食事もできるし、居心地のいい部屋も与えられる。何を迷うんだ?」と回答を急かしてきた。
しかし私は首を縦に振ることだけは拒んだ。
あんな強欲な侯爵と聖女のために、殿下を、この国を、犠牲にするつもりはない。
彼らは全てを失うべき、この国から消え去るべきなんだから。
難しい政治の話は分からなくてもそれだけは確信できた。
何度目かに目覚めたのは、にわかに聞こえた叫び声のせい。
(何……?)
その時、乱れた足音が聞こえてくる。
「このクソ女!」
カトレアと侯爵だ。ゴリアテと幾人かの護衛を伴っている。
彼らは檻の前までやってくると呪いのような罵詈雑言を吐きかけてきた。その表情には切迫したものがあった。
「何をされようとも、あなたたちの言いなりにはならないわ」
「そんなことじゃない! 小娘め! 一体どうやって外部と連絡を取った!?」
侯爵は目を血走らせた。
「な、何を言ってるの?」
意味が分からない。
「さっさと開けて! こいつを盾にするのよ!」
檻が開けられるとゴリアテに首根っこを掴まれ、引きずり出された。
「や、やめて、離して……っ」
「黙りなさい!」
カトレアから左頬に平手を受ける。
口の中が切れて、鉄錆の味が広がった。
体力がないところへの突然の暴力に、頭がぐわんぐわんと揺れた。
私はまるで荷物のように引きずられる。
地下牢から出ると息を呑んだ。
美しく剪定された庭木は火柱になり、オブジェは瓦礫に。
なにより白銀の甲冑をまとった騎士たちが、ぴくりともせず地面に転がっている。
まるで戦争。
「な、なにこれ」
意識せず、かすれた声が漏れてしまう。
「あんたがあいつにさせたんでしょ!?」
カトレアがヒステリックに叫んだ。
「さっきから何を言って……」
あいつ? 一体誰のこと?
全く話が分からない。
私たちは回廊を抜け、建物の裏手へ向かっているようだ。行く手には何台かの馬車がある。
「い、嫌! 私は行かない!」
必死に暴れるが食事を抜かれて衰弱した体ではどうにもならない。
私たちが馬車に乗ろうとした瞬間、馬車の扉が中から開くと、ヨハネが姿を現した。
「っ」
カトレアたちが恐怖の形相で息を呑んだ。
(ヨハネ? どうしてここに……?)
「ここで待っていれば探す手間が省けると思ったのは正解だったな」
その姿は返り血で赤黒く濡れ、血よりもさらに深い左右の瞳が鋭い光を帯びる。
「ば、化け物め……!」
カトレアや侯爵は悲鳴を上げ、後退った。
護衛が斬りかかるが、一度の瞬きの間に彼らは崩れ落ち、血だまりに沈んだ。
「ユリアを返してもらうぞ」
「クソやろおおおおおおおお……!!」
ゴリアテが恐怖に駆られたように斬りかかるが、彼もまたあっさり斬り伏せられた。
ヨハネはすでに倒した敵のことなど一顧だにせず、ただ私のことしか見えていないように、じっと見つめる。
「く、来るんじゃないわよ! この女が死んでもいいの!?」
カトレアが私の首筋に、短剣をあてがい、悲鳴まじりに叫ぶ。
カトレアは震えていた。それが私を冷静にした。
「っ!」
私は首に回されていたカトレアの左腕に噛みつく。
「ひいあああ……!?」
悲鳴を上げたカトレアが腕を掴んで、私から離れる。
その一瞬の隙をヨハネは見逃さなかった。
一気に距離を詰め、カトレアの首筋に剣の束を叩きつけた。カトレアは白目を剥いて倒れる。
「ひいいい!?」
尻もちをついた侯爵は無様に逃げようとするけれど、背中をヨハネに踏みつけられ、「ぐえぇ」と濁声をこぼす。
「こ、殺さないでくれ! 金でも何でも、お前が望むものをやる! だ、だから命だけはぁぁぁ……!」
「安心しろ。お前らを殺すつもりはない。俺のユリアを傷つけたんだ。すぐに殺すなんて、そんな簡単に楽にさせるわけないだろ?」
その時、「団長、制圧、完了いたしました!」とヨハネ指揮下の騎士たちが現れた。
「こいつら二人を縛り上げろ! 王都へ帰るぞ!」
ヨハネは私を見ると、腕を広げるが、自分の返り血に濡れた姿にためらい、持ち上げた腕を下ろし掛けた。
だから私の方から、彼の胸に飛び込んだ。
「おい、血で汚れ……」
「私のためだったんでしょ。だったら、大丈夫!」
「ユリア!」
強く強く抱きしめてくれる。
その力強さが、これが現実であると強く認識させてくれる。
「殴られたのか。クソ……すまない、ユリア……助けるのが遅くなって……本当に悪かった……」
「ヨハ、ネ……っ」
胸の内に安堵が広まると同時に、涙がぽろぽろとこぼれ、頬を伝う。
「謝らないで! あなたのお陰で、こうして無事に……ありがとう……本当に……ありがと……」
嗚咽のせいでうまく言葉にならないながらも、できるかぎり感謝を伝えた。
私の情けない姿を見ながらも、ヨハネは背中をさすり続けてくれた。
ヨハネも私が落ち着くのを待つように、抱きしめ続けてくれていた。
「でも、どうしてここが分かったの……?」
「これのお陰だ」
私の耳飾り、そして自分の耳飾りを交互に触れた。
「一つの石だってことは言っただろう。これにはそれぞれ共鳴する性質があるんだ。そのお陰でお前の居場所が分かった」
「そんな効果があったのね」
「さあ、戻ろう」
「うん」
たしかにこれだけの群というのはなかなか見ない。
他の騎士団が手も足もでないのも頷けるが、だからと言って、ユリアに同行できない苛立ちが消えてなくなるはずもない。
「団長、全ての魔物の討伐を完了いたしました!」
「よし。すぐにユリアの元へ向かうぞ!」
予想よりも時間がかかってしまった。
すでに日は中天を過ぎ、傾きはじめている。
俺は馬にまたがると、部下を置き去りにする勢いで昨日の沼地へ向かう。
ユリアの言う通り、王宮の近衛兵どもも無能ではない。それは分かってる。
しかし自分以外の誰かにユリアを守らせることへの不安は絶えずつきまとう。
俺以上に、彼女を本気で守れる人間がいるか。
たとえこの命を失ったとしても構わないと思うほど、己の身を顧みず。
(ユリア、早くお前の顔をみたい。この腕に、お前を抱きしめたいっ)
たった数時間しか離れていないのに、恋しさが募る。
自分の中に、こんなにも誰かを慕う気持ちがあることに内心驚きを禁じ得ない。
紛れもなく今胸に抱いているこの気持ちは俺自身のものだ。
(……どういうことだ?)
いざ目的地に到着してみたが、ユリアの姿はおろか、騎士の一人もいなかった。
場所を間違えていないかと確認するが、問題ない。
恋しさが焦燥感に変わる。
(王都へ戻ったのか?)
しかし沼地の周囲を探索してみたが、あるはずの大勢の人間たちの足跡がない。
俺は王都への道をたどっていく。
やがて馬車を発見したが、様子がおかしい。
馬車の周囲には近衛兵たちが転がっている。全員、死んでいた。
馬車を確認したが、そこにユリアの姿はどこにもいない。
この死体の中にユリアが?
考えたくもないことが頭を過ぎる。
確認するが、ユリアの姿はどこにもなかった。
近衛兵たちが魔物にやられたのではないことは鋭利な傷跡を見ればすぐに分かった。
これは刃による刺傷。人間にやられたのだ。
いくらお粗末な腕前の連中とはいえ、盗賊ごときに後れを取るはずもない。
(いったい誰が……いや、今はそんなことよりもユリアの行方だ)
俺は耳飾りを外した。
※
窓ひとつない地下牢は時間の感覚がなく、ここに連れてこられてからどれだけの時間が経ったのか、今が朝なのか夜なのかも分からない。
心身共に疲れ果て、何度か気絶するように眠り、目を覚まし、また眠った。
お腹が催促するように鳴る。
私が音を上げるまで食事は出さないつもりらしい。ただ水は出るから死ぬことはない。
しかし体は確実に衰弱していた。
何度か兵士がやってきて、「協力すれば好きなだけ食事もできるし、居心地のいい部屋も与えられる。何を迷うんだ?」と回答を急かしてきた。
しかし私は首を縦に振ることだけは拒んだ。
あんな強欲な侯爵と聖女のために、殿下を、この国を、犠牲にするつもりはない。
彼らは全てを失うべき、この国から消え去るべきなんだから。
難しい政治の話は分からなくてもそれだけは確信できた。
何度目かに目覚めたのは、にわかに聞こえた叫び声のせい。
(何……?)
その時、乱れた足音が聞こえてくる。
「このクソ女!」
カトレアと侯爵だ。ゴリアテと幾人かの護衛を伴っている。
彼らは檻の前までやってくると呪いのような罵詈雑言を吐きかけてきた。その表情には切迫したものがあった。
「何をされようとも、あなたたちの言いなりにはならないわ」
「そんなことじゃない! 小娘め! 一体どうやって外部と連絡を取った!?」
侯爵は目を血走らせた。
「な、何を言ってるの?」
意味が分からない。
「さっさと開けて! こいつを盾にするのよ!」
檻が開けられるとゴリアテに首根っこを掴まれ、引きずり出された。
「や、やめて、離して……っ」
「黙りなさい!」
カトレアから左頬に平手を受ける。
口の中が切れて、鉄錆の味が広がった。
体力がないところへの突然の暴力に、頭がぐわんぐわんと揺れた。
私はまるで荷物のように引きずられる。
地下牢から出ると息を呑んだ。
美しく剪定された庭木は火柱になり、オブジェは瓦礫に。
なにより白銀の甲冑をまとった騎士たちが、ぴくりともせず地面に転がっている。
まるで戦争。
「な、なにこれ」
意識せず、かすれた声が漏れてしまう。
「あんたがあいつにさせたんでしょ!?」
カトレアがヒステリックに叫んだ。
「さっきから何を言って……」
あいつ? 一体誰のこと?
全く話が分からない。
私たちは回廊を抜け、建物の裏手へ向かっているようだ。行く手には何台かの馬車がある。
「い、嫌! 私は行かない!」
必死に暴れるが食事を抜かれて衰弱した体ではどうにもならない。
私たちが馬車に乗ろうとした瞬間、馬車の扉が中から開くと、ヨハネが姿を現した。
「っ」
カトレアたちが恐怖の形相で息を呑んだ。
(ヨハネ? どうしてここに……?)
「ここで待っていれば探す手間が省けると思ったのは正解だったな」
その姿は返り血で赤黒く濡れ、血よりもさらに深い左右の瞳が鋭い光を帯びる。
「ば、化け物め……!」
カトレアや侯爵は悲鳴を上げ、後退った。
護衛が斬りかかるが、一度の瞬きの間に彼らは崩れ落ち、血だまりに沈んだ。
「ユリアを返してもらうぞ」
「クソやろおおおおおおおお……!!」
ゴリアテが恐怖に駆られたように斬りかかるが、彼もまたあっさり斬り伏せられた。
ヨハネはすでに倒した敵のことなど一顧だにせず、ただ私のことしか見えていないように、じっと見つめる。
「く、来るんじゃないわよ! この女が死んでもいいの!?」
カトレアが私の首筋に、短剣をあてがい、悲鳴まじりに叫ぶ。
カトレアは震えていた。それが私を冷静にした。
「っ!」
私は首に回されていたカトレアの左腕に噛みつく。
「ひいあああ……!?」
悲鳴を上げたカトレアが腕を掴んで、私から離れる。
その一瞬の隙をヨハネは見逃さなかった。
一気に距離を詰め、カトレアの首筋に剣の束を叩きつけた。カトレアは白目を剥いて倒れる。
「ひいいい!?」
尻もちをついた侯爵は無様に逃げようとするけれど、背中をヨハネに踏みつけられ、「ぐえぇ」と濁声をこぼす。
「こ、殺さないでくれ! 金でも何でも、お前が望むものをやる! だ、だから命だけはぁぁぁ……!」
「安心しろ。お前らを殺すつもりはない。俺のユリアを傷つけたんだ。すぐに殺すなんて、そんな簡単に楽にさせるわけないだろ?」
その時、「団長、制圧、完了いたしました!」とヨハネ指揮下の騎士たちが現れた。
「こいつら二人を縛り上げろ! 王都へ帰るぞ!」
ヨハネは私を見ると、腕を広げるが、自分の返り血に濡れた姿にためらい、持ち上げた腕を下ろし掛けた。
だから私の方から、彼の胸に飛び込んだ。
「おい、血で汚れ……」
「私のためだったんでしょ。だったら、大丈夫!」
「ユリア!」
強く強く抱きしめてくれる。
その力強さが、これが現実であると強く認識させてくれる。
「殴られたのか。クソ……すまない、ユリア……助けるのが遅くなって……本当に悪かった……」
「ヨハ、ネ……っ」
胸の内に安堵が広まると同時に、涙がぽろぽろとこぼれ、頬を伝う。
「謝らないで! あなたのお陰で、こうして無事に……ありがとう……本当に……ありがと……」
嗚咽のせいでうまく言葉にならないながらも、できるかぎり感謝を伝えた。
私の情けない姿を見ながらも、ヨハネは背中をさすり続けてくれた。
ヨハネも私が落ち着くのを待つように、抱きしめ続けてくれていた。
「でも、どうしてここが分かったの……?」
「これのお陰だ」
私の耳飾り、そして自分の耳飾りを交互に触れた。
「一つの石だってことは言っただろう。これにはそれぞれ共鳴する性質があるんだ。そのお陰でお前の居場所が分かった」
「そんな効果があったのね」
「さあ、戻ろう」
「うん」