桜色に染まった恋。
ふだんメイクなんてしない穂乃果が、少し大人びた赤い口紅をさして現れると、向井凛はけげんそうにメガネをかけ直した。
「その口紅、似合ってねえよ」
穂乃果はクスクス笑って答える。
「あいらくんがくれたんです」
「あいら……どういうつもりだ」
あいらは穂乃果の大好きな弟で、今年3歳になったばかり。凛とは一度も面識はないが、いつもはトゲトゲしている凛も、あいらの話をすると優しくなる。
凛は8歳のときに母親を病気で亡くしている。だから、ふつうの家族に憧れているのだろう。時々見せる寂しそうな顔が、穂乃果は忘れられない。
「ママに買ってもらったと言っていました」
「わかったよ。ごめん。だけどおまえにはもっと優しい色が似合うと思ってさ」
「優しい色ですか?」
穂乃果は手鏡に写った自分を見てぎょっとした。
「明るいところで見ると、たしかに少しハデかもしれませんね……」
「本当に天然だな」
「そ、そんなことないですよ!」
「おしゃれしてどこ行く気だ」
「図書館です」
「その口紅は誰のため?」
その言葉にドキッとしたけれど、穂乃果は、あることが気になって頭を離れないでいる。
凛は市立中学で数学の教師をしている。その忙しい合間をぬって、すみれさんという女の人とお花見をしてきたというのだ。
2人は中学生時代からの友達だというが、本当のところは、わからない。
「なんか元気ないな。何かあったのか?」
凛は心配そうにきいた。
「大丈夫です」
全然大丈夫じゃないのに、穂乃果は平気なフリをしてしまう。
「わたし、もう行きますね」
「待てよ」
凛は穂乃果の腕をつかんだ。
「バスに乗遅れちゃう」
「ごめん」
凛は力なくその手を離した。
せつなくなって、穂乃果は凛の顔を見られなかった。
「お姫さま、どこ行くの?」
21歳の夕陽がどこからか現れて穂乃果のあとをついてくる。
「図書館です」
「図書館?そんなカッコで?」
穂乃果は小花柄のキャミソールにモコモコした黄色のカーディガンを羽織り、水色のデニムをはいていた。
「どこか変でしょうか……」
「いや、いいよ、すごく。アイドルみたいだ」
夕陽はニコッとした。
そのまま2人で「フリースクール ウタリ」という看板の下までやってきた。ここからだと、寮全体が見渡せる。
白い外壁に、ドアがひとつ。窓はいくつあるのだろうか。もともとはペンションだったというこの建物は、
浴室やトイレは共同だけれど、一人一人の部屋があって、テレビも、ベッドもあるので、ちょっとした一人暮らしのようだ。一階にはパソコン部屋もあるし、図書室だってある。
「本ならここにいっぱいあるじゃん」
と夕陽は言ったけれど、ここにあるのは「モモ」とか「橋のない川」など、難しそうな本ばかりで、穂乃果が読みたがっている本屋大賞を受賞した本は置いていなかった。
睦美さんは、穂乃果がお金を使わなくていいように、お目当ての本をウタリで買うと約束してくれたけれど、その約束はいつの間にか忘れ去られている。
穂乃果は夕陽の歩幅に合わせて早歩きになって言った。
「夕陽くんも一緒に来ますか?2時15分のバスです」
「いや、おれはいいの。お見送りしたかっただけだから」
夕陽はニコニコしている。
「そうなんですか?」
穂乃果はよくわからなくて困ってしまう。
「うん。それはそうと、あの人も隙だらけだねー。それとも余裕か」
「あの人?」
「じゃあまたね」
そう言い残し、夕陽はいなくなってしまった。
「あの人ってなんのことですか……」
穂乃果はそのうしろ姿につぶやいた。
「その口紅、似合ってねえよ」
穂乃果はクスクス笑って答える。
「あいらくんがくれたんです」
「あいら……どういうつもりだ」
あいらは穂乃果の大好きな弟で、今年3歳になったばかり。凛とは一度も面識はないが、いつもはトゲトゲしている凛も、あいらの話をすると優しくなる。
凛は8歳のときに母親を病気で亡くしている。だから、ふつうの家族に憧れているのだろう。時々見せる寂しそうな顔が、穂乃果は忘れられない。
「ママに買ってもらったと言っていました」
「わかったよ。ごめん。だけどおまえにはもっと優しい色が似合うと思ってさ」
「優しい色ですか?」
穂乃果は手鏡に写った自分を見てぎょっとした。
「明るいところで見ると、たしかに少しハデかもしれませんね……」
「本当に天然だな」
「そ、そんなことないですよ!」
「おしゃれしてどこ行く気だ」
「図書館です」
「その口紅は誰のため?」
その言葉にドキッとしたけれど、穂乃果は、あることが気になって頭を離れないでいる。
凛は市立中学で数学の教師をしている。その忙しい合間をぬって、すみれさんという女の人とお花見をしてきたというのだ。
2人は中学生時代からの友達だというが、本当のところは、わからない。
「なんか元気ないな。何かあったのか?」
凛は心配そうにきいた。
「大丈夫です」
全然大丈夫じゃないのに、穂乃果は平気なフリをしてしまう。
「わたし、もう行きますね」
「待てよ」
凛は穂乃果の腕をつかんだ。
「バスに乗遅れちゃう」
「ごめん」
凛は力なくその手を離した。
せつなくなって、穂乃果は凛の顔を見られなかった。
「お姫さま、どこ行くの?」
21歳の夕陽がどこからか現れて穂乃果のあとをついてくる。
「図書館です」
「図書館?そんなカッコで?」
穂乃果は小花柄のキャミソールにモコモコした黄色のカーディガンを羽織り、水色のデニムをはいていた。
「どこか変でしょうか……」
「いや、いいよ、すごく。アイドルみたいだ」
夕陽はニコッとした。
そのまま2人で「フリースクール ウタリ」という看板の下までやってきた。ここからだと、寮全体が見渡せる。
白い外壁に、ドアがひとつ。窓はいくつあるのだろうか。もともとはペンションだったというこの建物は、
浴室やトイレは共同だけれど、一人一人の部屋があって、テレビも、ベッドもあるので、ちょっとした一人暮らしのようだ。一階にはパソコン部屋もあるし、図書室だってある。
「本ならここにいっぱいあるじゃん」
と夕陽は言ったけれど、ここにあるのは「モモ」とか「橋のない川」など、難しそうな本ばかりで、穂乃果が読みたがっている本屋大賞を受賞した本は置いていなかった。
睦美さんは、穂乃果がお金を使わなくていいように、お目当ての本をウタリで買うと約束してくれたけれど、その約束はいつの間にか忘れ去られている。
穂乃果は夕陽の歩幅に合わせて早歩きになって言った。
「夕陽くんも一緒に来ますか?2時15分のバスです」
「いや、おれはいいの。お見送りしたかっただけだから」
夕陽はニコニコしている。
「そうなんですか?」
穂乃果はよくわからなくて困ってしまう。
「うん。それはそうと、あの人も隙だらけだねー。それとも余裕か」
「あの人?」
「じゃあまたね」
そう言い残し、夕陽はいなくなってしまった。
「あの人ってなんのことですか……」
穂乃果はそのうしろ姿につぶやいた。