浮気をした王太子はいりません。〜離縁をした元王太子妃は森の奥で、フェンリルパパと子供と幸せに暮らします。

18

 いま思えば、私が「聖女」だと呼ばれずにいたから、ルールリア王太子殿下とすんなり離縁ができた。もし聖女だったら「あなたは私たちを捨てるのか?」「聖女のくせに」「私たちは聖女に捨てられた」国民たちは騒いだはず。

 あの人達が目先の利益しか見ず、周りに切れ物がおらず、王太子妃として離縁できてよかった。



「……アーシャ」
「シシ? 朝の散歩?」

「うん、森を見回ってくる。アーシャはまだ眠っていて」

 あたたかいシシの腕の中で目覚める幸せの朝。
 彼は私の頬にスリスリして、フェンリルの姿に戻ると森へ散歩に向かった。
 

 
 +

 

 散歩から帰ったシシとキッチンに立ち、朝食作りをはじめた。最近、一人で寝るようになったチェルはお気に入りのフェンリルぬいぐるみを抱き抱え、寝癖満開で起きてきた。

「おはよう、チェル。ぬいぐるみをイスに置いて、パパと顔を洗ってらっしゃい」
 
「おはよう、パパ、ママ。うん、行ってくる」
「おはよう、チェル。顔を洗いに行こう、おいで」

 チェルはシシに抱っこされて、洗面所に向かう姿を見送り。朝食作りの続きをしようとした、私の足元に黒猫が飛び込み、その姿をポンと手紙に変えた。

「ローランお父様からの手紙だわ、どうされたのかしら?」

 私は届いた手紙の封を切り、中の手紙を開く。

「まあ、お父様ったら」
 
 ローランお父様から届いた手紙は、全て古代ルーン文字で書かれていた。その内容はというと。ルールリア王太子殿下が昨日、連絡もよこさず、いきなり側近、騎士を連れて公爵家を訪れ「アーシャは何処だ」「隠さず出せ」「アーシャは生活に困っているだろう? 今なら聖女として雇ってやる」とエントランスで喚き散らしたそうだ。

(私を聖女として雇う? 殿下は南の魔物討伐の件で、そうとう焦っているようね)

 本来、浮気をした王太子殿下から多額の慰謝料が貰えるが、私はそれを放棄して姿を消した。それから五年、私が何処かで惨めな暮らしをしていると彼は思っているから、そんな事が言えるのだ。

 ――完全に舐めているわ。

 礼儀がなく、横暴なルールリア王太子殿下にお父様は「王太子妃として懸命に働いたアーシャを浮気して捨てたあなたが。今度は聖女として担ぎ上げて「また」こき使う気ですか?」と伝えたところ、彼は息を飲み押し黙った。

 その姿にお父様は「その態度からして、肯定したと取るしか出来ない!」と、ルールリア王太子殿下、側近、騎士達を魔法で屋敷から追い出したそうだ。
 

 ――追伸。チェルは元気か? 欲しいオモチャがあったら遠慮なく言いなさい。それとアーシャ。五年間、研究してきた瘴気の事について、同じ研究者として君の意見が聞きたいな。

 と手紙は締めくくられていた。

「魔導書、魔導具、魔法、魔物といった、多くの研究をされるお父様らしいわ」
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