浮気をした王太子はいりません。〜離縁をした元王太子妃は森の奥で、フェンリルパパと子供と幸せに暮らします。

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 生命の木を見上げて声を失う私たちの前に、杖をつき、酷く黒ずんだエルフの男性が現れた。その男性はガハハと強引に笑い、シシに話しかけた。

「シシ、悪かったな。絶望しかなかったオレたちに、希望を見つけちまって、気が焦っちまったよ」

「んぁ? 誰だ? ……え、ええ! お前、アギなのか?」

 シシはアギとその男性を呼び、瞳を大きく開いた。
 男性はそんなシシに、満面の笑みで笑い。

「ああ、オレはアギだ。オレは長だからな、このロンサの村人を守るために、チーッとこの森の瘴気を吸っちまっただけだ」

 それは軽く、軽く、答えた。
 見た目とは違い、杖をつき、細くなった体で。

「考えが簡単すぎやしないか? ボクたちには瘴気耐性があるが……吸いすぎると体が蝕まれて、終いには死んでしまうぞ!」

「それは仕方がない。オレの大切な家族、みんなを守りたいんだ。守るにはそうしたくちゃな――それに、オレはみんなよりたくさん生きてきた」

 またガハハっと笑いながら、アギというエルフはフェンリルのシシを抱きしめた。シシはアギの細い手、体に驚き、それ以上何も言えず口をつぐむ。私はチェルを抱きしめ2人のやりとりを眺め、どこから瘴気を浄化しようか考えていた。

 まずは生命の木の浄化。
 次に長のアギ、村人かしら。

 まあ、初めてみないとわからない。それに、瘴気に飲まれた生命の木の浄化に、どれだけの時間がかかるかも分からない。すぐにでも始めた方がいいと、杖を出そうとした手をアギに握られた。

 とっさのことで、驚く私に。
 アギは震える体で、無邪気に笑い。
 
「シシの嫁さん、ありがとうな。ウチの若い者にピヨピヨ鳥、他の魔物の肉の食べ方、捌き方を教えてくれて助かるよ。アイツら――毒の耐性があるからって。臭みがあろうが、毒があろうが気にせず肉を食っちまい、腹を痛めるから困ってたんだ……オレがいなくなったら、誰にも止めれねぇ」

 アギの黒く瘴気に晒され、細くなった体、自分よりも村な人を考えるシシの友達。この人がいなくなると、シシは悲しむだろう。それに――この話を聞いて、涙を流すし悲しむ村の人もだ。

「それなら、この村の浄化が終わったら。あなたと、村の皆さんにみっちりレクチャー致しますわ」

 にっこり笑い返して、チェルを抱っこしたまま、私は杖を取り出し浄化魔法を唱えた。
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