しるべ
外で雨粒が落ちる激しい音がリビングの静けさを包んでいた。
佳乃子は頭をなんと支えて座っていた。
感情と情報が追いついていないのに涙は勝手に溢れてくる。


『別れてほしい』

「どうして…何が」
ーーさっきまでいつもの夫婦だと家族だと思っていたのに
どうして。どうして。どうして。


『…大事に思っている人がいる。』

嘘なのかも夢かもしれないと目を瞑って瞼を開けても目の前は誰もいない。


『この家は佳乃子が使えるようにする』

こんな時に頭が思い出す。
リビングで子どもたちが笑うその近くに浩介がいる。
喉元が詰まったように苦しくなる。


『慰謝料も…財産分与もちゃんとする。』
浩介は話終えると佳乃子の前に離婚届を置いて家を出た。

ーーまだ話をしなきゃ

佳乃子は車のキーを持って家を飛び出した。
車を天野駅まで走らせた。


『本当に申し訳ない』

車を郵便ポスト前の駐車場に停めて、駅まで走った。
息が切らしながらホームを見渡した。
駅には誰もいなかった。

『できる限りのことはする。』

雨が激しく振りはじめた。
頬に流れるものがもう涙なのか雨粒なのか佳乃子にはわからなかった。

胸から湧き上がる吐き気に口元を抑えた。
浩介の最後の声を思い出す。


『…子どもができた』
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