しるべ
猩々緋
やすらぎ会館の喪主席に静かに佳乃子が座っている。

少し前まで母さんの十回忌の話で団子を買おうと言っていた父が亡くなった。

父は布団の上で眠るように亡くなっていたそうだ。
近所の父の友達が見つけてくれた。
心筋梗塞だった。
ここ何年か心臓の調子が悪くて薬を飲んでいた。
その心配もあって、浩介の転勤についていかなかった。
こんなこともあるだろうと覚悟を決めてはいたが
あまりにも早かった。
父に対面してひとしきり泣いた後は怒涛の時間が過ぎた。
喪主の佳乃子は業者や料金、花、棺…決めることが山積みで悲しむ隙もなかった。
後は告別式を終えるのを待つだけだった。

佳乃子が下を向いて喪主席で座っていれば故人を惜しんで悲しんでいるのだと思われるのだろうが
今はそれとは違う。

隣に浩介が座っているからだ。
佳乃子の配偶者だから横に座ることは仕方ないが。
浩介はお通夜から参加しているが今まで簡単な挨拶だけを交わしただけで。佳乃子がいないところでお通夜の手伝いをしてくれていたようだ。

この状態、どうしたらいいのか。
今は浩介とあの話をすることは望んでいない。
だけどこの場で浩介に背も向けるわけにも行かなくて
下を向いている。

「喪主様。よろしいでしょうか…」
やすらぎ会館職員に声をかけられて佳乃子が顔を上げると目の前に見慣れた手が出てきた。
「家内は疲れていますので、私が伺います。」
「では、こちらで」
浩介は会館職員と奥の部屋に消えていった。

浩介は良くも悪くもいつでも私の味方だった。
浩介は私が下を向いていたのは悲しんでいると思ったのか。

ーー違うんだけど。どっちかって言うと、というか浩介のせいでしょ。

ーーあぁ、そういえばあの時も浩介は勘違いをしていたな。
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