しるべ
薄紅
澄んだ空気の中、ぼんやりとした朝日が住宅街に届き始めた。

坂倉佳乃子は庭に出て、霜柱の上に立った。
クシャリという足の裏の感触に眠たい目も覚めてくる。
子どもを出産してからつくところに幾分か肉がついたが標準体型を維持している。
それでもよる年波には勝てない。
今年で49の身体には寒さが堪える。

ボブのボサボサの頭を手櫛でささっと整えると勝手口に置いてあるゴミ袋を掴んだ。
掛け声と一緒に体が動く年齢になった。

「よいしょっと」

春の冷たい夜の空気が残る早朝。
不意に拭く風に体を縮こませ、ゴミ捨て場まで歩く。

「あ…」
縮んだ首が少し緩む。
朝焼けで滲む空のピンクに目が奪われた。

ーー今日は雨になるのかしら

そんなことを思いながらゴミを所定の場所に捨てまた振り返る。
山の中腹を切り開いた住宅街、目の前に平野が広がっている。差し込む光が残った夜空をゆっくりと東に追い込んでいく。

ゴミ捨て場から見える風景が佳乃子のお気に入りの場所だ。
しかもこの時間が好きなのだ。
朝の誰もいない時間に空と住宅街が静かに佇む様子に心が解けていく。

ーー帰ってくるまで降らないといいんだけど

佳乃子はゆっくりとお気に入りの風景に背を向け家へと戻った。
今日は単身赴任の浩介が仙台から帰ってくる日だ。

ーー浩介を迎えにいく前に買い物を済ませよう

庭に咲いた鈴蘭水仙の花を二輪摘むと佳乃子は「寒い寒い」と家に戻った。

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