しるべ
深緋
梅雨が明けてジリジリとした夏の日差しがワイシャツに当たる。
ムッとした風が夕方の地面の熱を拾い上げながら吹いている。

楓は出張で東海地方に来ていた。
仕事終わりに父の単身赴任の家に行くことにしていた。

祖父の四十九日に父は仕事を理由に来なかったので葬式以来会ってはいない。

何度か行った事のあるその家はおじさんの質素な部屋だった。
以前来た時は一昨年の12月の頃だったので2人で鍋を楽しんだ。

三年間父はここで一人で頑張るんだ…と少しばかり寂しさを感じた。
次は夏にビールでも飲もうと二人で酔っ払いながら話していたことを思い出す。

だけど今日はビールは買わなかった。
お酒なしで話をする。
今日はちゃんと会って目を見て話をしたかった。

深呼吸をして指に力を込める。

呼び鈴を鳴らした。
中からパタパタと足音が聞こえる。

楓は告別式の日、父が帰ったことを告げた母の小さい背中を思い出していた。
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