しるべ
「ちょっと待って!」

佳乃子が呼び止めると
浩介は歩みを止め、振り向こうとしたら
佳乃子が浩介の横に並んだ。

「何時の電車?」
「後20分くらいかな。」
「じゃぁ、歩きながら話そう。」

佳乃子と浩介は並んで歩き出した。
「ひとつかして」
佳乃子が紙袋を指さして言った。
「いや。重いからいいよ」
「人質があったら、話最後まで聞いてくれるでしょう」
そう言って佳乃子は浩介の紙袋を一つ取り上げた。

「これで全部?」
「後は宅急便で送ったよ」


紙袋の中に写真立てが見えた。
そこには佳乃子と楓と梓と浩介が笑顔で並んでいる。
楓が高校生、梓が中学生の頃の写真だ。
掠れた写真の色に10年の月日が伺える。
この日の先にこんな未来があるなんて微塵も思わなかった。
そう思うとツンと冷たい物が心を通過した。

「これ…持って行くの?」
「いや。…実家に。」
「そうよね…」


そう言うと無言のまま二人は天野駅に着いた。
口を開いたのは佳乃子の方だった。

「離婚届は出したよ」
「山城さんから聞いたよ。」
「呆気なかった」
「そうか…」

「単身赴任出る時もここから見送ったね。
あの時はずっと先も一緒にいれると思ってた」
「…すまん」
「恨み節を言いに来たんじゃないの。
もう会うつもりなかったんだけど
最後にちゃんと言った方がいいと思って
これで終われるように。」

佳乃子は浩介の顔をしっかり見た。
髪も肌も少し老けたように見える。
昔のように触ってしまいたくなる。


ーー何度も触ったそれをもう愛しく想うのはよそう
自分からさよならを告げよう


深呼吸して言葉を伝える。
「今までありがとう。」


佳乃子の言葉に驚き浩介は顔を下に向けて首を振った。


「じゃ。これ」
佳乃子は家族写真が入った紙袋を浩介に返した。


「次は骨になった頃、ご縁があれば…また。」

「変な挨拶だな。
…苦しめた。すまない。」
浩介は佳乃子に頭を下げた。
いつもより小さく見える浩介の手を
佳乃子は両手でぎゅうっと握った。
夫婦だった浩介への最後のエールを送った。


そっと

手を離すと浩介から少し離れた。
佳乃子は自然な笑顔で別れを告げた。

「さようなら」


浩介は手を振る佳乃子に「元気で。体に気をつけて」と手を挙げ改札口に入って行った。

佳乃子は改札口から見えなくなるまでそこに立っていた。。
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