しるべ
でもね
愛されている実感はなくても
浩介くんがいればそれでも良かった。

浩介くんは益々柊斗の世話にかかりっきりになった。
どうしてか、柊斗は私に怯えるようになった。
柊斗は私には懐かず、浩介くんにべったりだった。


柊斗の3歳の誕生日を迎えた頃には
浩介くんと私だけいればいいと思う事が多くなった。私は柊斗が邪魔でしか無かった。

浩介くんの誕生日の夕方、何でも無いことで柊斗がうるさく泣いた。
私は浩介くんの誕生日の手の込んだディナーを作っていたから、ほんとに心底うんざりした。
私の邪魔しかしない柊斗の手を払い背中を向けた。
気づいたら柊斗はリビングで泣き疲れて寝ていた。

帰ってきた浩介くんに私は笑顔とハグで出迎えた。
彼は何かに気づいて私を跳ね除けてリビングへと向かった。
床で泣き疲れてぐったりした柊斗を見つけた浩介くんは柊斗を抱きしめて今までにない酷い顔を私に見せた。
私は柊斗にまた邪魔されたことに腹が立ったけど浩介くんの誕生日だから我慢して、ダイニングテーブルに食事を並べようとした。

私が浩介くんに話しかけたら今までに聞いた事がない大大きな声で怒鳴った
「柊斗が何をしたって言うんだ!きみは柊斗を排除しようとしている。少なくとも君は母親だろう!」
浩介くんの目は私を烈火のごとく睨み
「失格」と言う烙印を押している。
母親でなければ私に何の価値もないとでも言う様に
浩介くんの顔がひどく醜い顔
私の知っている浩介くんの顔ではない。
ぷつんと糸が切れたみたいに私は浩介くんへの愛が消えてしまった。2人を置いて寝室に戻った。
浩介くんはまだ何か言っていたけど、何を言われたのかさえも興味がない。

それから私はひとつも浩介くんに
何も魅力もドキドキも高揚も感じなくなった。
あのアドレナリンほど沸いた気持ちは一滴も流れず恐ろしい程枯れた。
浩介くんが欲しい物ではなくなっていた。

私に何も無くなった。

自分の仕事やキャリア、環境他全てを
捨ててでも浩介くんを求めていたのに。

あんなに心が湧き上がるほど欲しかったのに。


何も無いのは嫌だ

あれを返して欲して
高揚感を感じるほど眩しく穏やかな

私が欲しい物は

あの女が持っている


私の欲しい物
返してもらおう。


だから
私は今
あの女がいる駅に降りた。
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