しるべ
左腕を後ろから引っ張られ夏海は振り返った。
その瞬間、手の熱と液体の感覚を感じ雨が降っていることに気づいた。
傘をささない身体に粒の雨がぶつかっている。
遠くで雷の音も聞こえてきた。



「何してんだ」



雨の隙間から見えた浩介は前髪が崩れて
顔に雨が流れている
瞬きもせず夏海をしっかり見つめて
夏海の腕を強く掴んで離さない。

「離して!返してもらうのよ」
浩介の腕を振り払おうとするが腕はびくともしない。
夏海は浩介を睨んだ。
「何を言ってるんだ」
「私の欲しい物をアイツが持っていったでしょ」
「君が欲しい物はここに無いだろう?」

バシン!
夏海は右手で浩介の頬を平手で叩いた。

「邪魔をしないでよ!」
叩かれても浩介は怯むことなく、夏海の目を見据えた。
「欲しいって何をだ!
柊斗でも俺でも無いんだろう!
君は…誰も望んではいない
誰も愛せないんだろ!」
夏海は残酷な物を見るように浩介を見た。

大雨の粒が打ちつける泥の中に
夏海は力無くくったりとうずくまった。
「…欲しかったの…欲しかったの…」




ーー私は欲しかった。
家族が欲しかった。
愛される実感が欲しかった。
そんな物はどこに行ったって
無いことくらい
そして誰も与えてくれはしない


近くで雷の地響きが鳴る。
ゴーッという強い雨が痛みを伴いながら肌に打ちつけてきた。

「行こう」
浩介は夏海の肩を持って歩いた。
言われたまま夏海はゆっくりと歩いた。

家の前に止まる黒い乗用車から
山城が出てくると2人に近寄った。

山城も反対側から夏海を支えると車の後部座席に座らせた。
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