しるべ
梓は心配事を日本に残して出国することに躊躇って出国を延ばそうとしていたが、佳乃子が予定通りにオーストラリアに行く様に説得したのだ。



「壁ってなぁ。もう少し役に立つと思うけど」
背の高い楓が首を傾げて梓の背の高さに合わせて物申す。
「ちゃんと役に立ってよ。」
梓は楓の背中をバシバシ叩いている。
いつもの兄妹の掛け合いを見て佳乃子は寂しさも感じている。


「あ!」
梓は友達を見つけるとスーツケースを楓に託して駆け寄って行った。
空港まで来てくれた友達と抱き合いながらしばしの別れを惜しんでいる。

ーー若かったらなぁ
とてつもなく大きい夢に立ち向かう娘を羨ましく思った。
佳乃子はキラキラした梓の顔と自分の若い頃が重なって見えた。
若い頃、佳乃子も海外での仕事に憧れていたことを思い出した。

搭乗前に梓を抱きしめると佳乃子は「楽しんでらっしゃい」とエールを送った。
それに答えて元気な梓らしい笑顔を見せて搭乗口に消えていった。

佳乃子と楓は梓の乗った飛行機を見送った。

楓が運転する車で帰る途中で最後に梓に言われた言葉を思い出していた。
「お母さんもオーストラリアに行かない?」
いたずらをした後のような胸の奥がワクワクする
そんな気持ちが佳乃子の心に住んでいた。
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