しるべ
スコットがドレッサーの鏡越しに佳乃子に話した。

「うん。評判通りにトロッとした
いいお湯だったわね。スコット。」
出会って10年で2人は名前で呼び合うようになった。
友人且つ雇用主と労働者、
英語教師と教え子の保護者、
そんな長い付き合いの2人だ。

「肌もいい感じ、ハリが出た気がするんだけど」
ほらほらと浴衣から腕を出してスコットに見せた。
スコットは佳乃子が座る椅子の背もたれに
手を置きながら覗き込んだ。

「お風呂上がりはいつにも増して
素敵に見えるってこと?」
スコットは戯けながら肩を上げると
浴衣の袖を掴み童のようにアピールした。
65歳のスコットはチャーミングに装ったようだ。

「うーん。確かに増してるわね。」
佳乃子の言葉に上機嫌のスコットは
クルクルと舞い、それを見て佳乃子は
手拍子で答えてケタケタと2人で笑った。

スコットは英語教師を定年退職した後は
長年運営している観光サイトを
中心に仕事をしている。
オーストラリアなどの外国に向けて
日本の観光書籍を発行して生活している。

たまにこうして佳乃子達は
いろんな観光地を取材として訪れる。
これからの人生は動けるうちに遊ぼうと
何回目かの青春を謳歌していた。
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