しるべ
「わかった、浩介。
ちゃんと聞くから落ち着いて。
どういうこと?」


浩介は佳乃子に連絡を取っていた。
基本的に冷静な浩介が慌てふためいている様子に
佳乃子は驚いている。


浩介は佳乃子の言葉に従って
呼吸を整え順を追って説明した。

「仕事が終わって家に戻ったら
柊斗が居なかった。
タブレットの地図アプリで
柊斗が天野駅に行く手順を調べているのがわかって。位置確認情報では新幹線で
そっちに向かってるみたいなんだ。」
「天野駅に?」
「今からそっちに向おうと思うが、
どう頑張っても0時過ぎる。
こんなことを言えた義理でないことは
重々承知の上なんだが
申し訳ないが…柊斗を保護して…くれないだろうか」
苦渋の決断を苦しむように佳乃子に願い出た。

「そうね。ちょとまって。今18時ね。
私も出先で…うん。
でも浩介よりは早く着く。」
佳乃子の電話口から男の声がかすかに聞こえた。
その瞬間、浩介は我に返った。

「あぁ…すまない。
山城さんにお願いしてみるよ。
混乱していて佳乃子に連絡してしまった。
これはルール違反だ。」
「あぁ…気にしないで。それで何歳?」
佳乃子からは昔のような受け答えが続く。

「…10歳」
「小学…四年生?よね。わかった。
私は後1時間したら着くと思うから。」
「すまない。ありがとう」
「また、連絡する」
そう言って佳乃子は電話を切った。

浩介は持つものを持って家を出た。
駅に着いて電車に乗り換えるごとに
はやる気持ちが落ち着いていく。
新幹線に乗る頃には慌てて
佳乃子に連絡してしまったことを反省していた。
その一方で変わらない声に
安らぎを感じる浩介もいた。
10年ぶりに聞いた佳乃子の声が
何度も浩介の頭を反芻する。


だが電話口から微かに聞こえた
佳乃子を呼び捨てにした男の声が、
昔の気持ちに還ろうとする浩介を
かろうじて制していた。

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