しるべ
柊斗は物心がついた頃から
母親には懐かず、どちらかと言うと怖がっていた。
10歳になった今では母親について話すこともない。

夏海は柊斗が3歳の頃に再び失踪すると
今度はもう帰ってくることは無かった。


夏海の佳乃子襲撃を阻止した後、
3人で仙台に帰ったが
3ヶ月もしないうちに夏海は再びいなくなった。
その時には仕事も辞め、スマホも何も持たず
置き手紙を残していた。


『もうあんたはいらない 
だから探さないで 夏海』



警察に失踪届を出したが
事件性は無いと捜索されることはなかった。
その通りで、それから失踪3年で離婚できる年に
夏海から判子付きの離婚届けが届いた。
「早く出してください」
と走り書きの手紙だけが入っていた。
消印の町を調べたら瀬戸内海の街だった。


浩介は夏海が無事でいることに
安心したと共に夏海に誰か良い人が出来て、
その人と結婚したくなったのだろうと考えた。
言われた通りに離婚届を出した。

夏海から執着されてから10年。
守ろうと思っても守れなかったものが
たくさんあった。
家族も何も無くなってしまったが
ただ残された柊斗だけは、
浩介にとってたった一つ残された生きがいだった。


50代のワンオペは体力と精神を削られた。
仕事も調整して、役職を退いて
育児に重きを置いてやってきた。
楓と梓の時は佳乃子が育児を
重点的に担ってくれていた。
浩介は育児に挫折しそうな時に、
佳乃子にアドバイスを貰いたかった。
そんなことは勿論できなかったが。
ただ、声を聞きたかったという方が
本当かもしれない。


最近は柊斗が10歳になり
手が離れてきたなと感じていた。

そんな時に
何故、柊斗は天野駅に行こうと思ったのだろうか?


何度も新幹線の暗い窓を見ながら
柊斗の想いを辿ろうとしたが
浩介にはわからず、
ひたすら黒い窓を見つめるしかなかった。
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