少し愛重めな橘くんは溺愛症候群

君とふたりきり

日和side


(日和の過去の回想シーン)


日和「これ、落としましたよ」


あの時、ただ生徒手帳を拾っただけだった。


振り返った彼はとても綺麗で、まるで芸術作品みたいにかっこよかった。


黒髪がサラサラとなびいていて、切れ長の二重の瞳は整っている。


鼻は高くて小顔。


前髪は少し長めで目にかかっているけど、それがすごく雰囲気を際立たせている。


塩顔で雰囲気からクールで静かな人だって理解出来た。


私を見て驚いた表情をしながらも、私の持つ生徒手帳を受け取ってくれた。


その時に手が触れて、私は少しどきりとした。


恥ずかしくなって、いたたまれなくなって私はすぐに立ち去ってしまった。


あんなにかっこいい人と目を合わせて話したことなんてないからすごくドキドキしちゃった……!


(恥ずかしい……!!)


走りながら熱い顔を抑える。


日和「ぜぇ、ぜぇ……」


体力があんまり無くて運動神経も普通くらいの私には、全力疾走しただけで息切れがすごい。


日和「はぁ……」


あの人ってもしかして、噂のクールで女子嫌いなイケメン王子……とか?


(そうだったら、その事を知った女の子に恨まれちゃいそうだなぁ。
なーんて、そんな出会いあるはずないし。)





スーパー・6時頃


日和「あっ……?」


さっきみた後ろ姿が見えてつい話しかけてしまった。


もちろん振り返ったその顔はさっきと同じイケメン。


わぁ、また会うなんて地元が近いのかな?


というかこの人何年生なのかな。


蓮「橘蓮。高二です。日和先輩って呼ばせてもらいますね」


日和「えー!全然いいのに……!!」


(わざわざ先輩なんて付けなくていいし、敬語なんて恐れ多いよ!!)


でもすっごく律儀な方だな、この人。


その後も少し話したけど、気さくで優しい人だった。


(もしもこの人が、あの噂のクール王子だったら全然印象が違うなぁ。)





次の日・屋上・お昼休み


(友達に一緒にご飯食べるの断られちゃったなぁ……どこで食べよう?)


私の友達は同じ部活の友達と食べるらしい。


いつも一緒に食べているメンバーは、みんな都合が合わなくて食べられないみたい。


ひとりぼっちだけど仕方がないや。


がむしゃらに歩いて着いたのは屋上。


最近寒いから誰もいないかも……それなら1人で食べられるかな?


屋上の扉を開けた瞬間、冷たい風が吹き込んで体がブルっと震える。


その寒さに少しためらいがあったけど、なんとなく今日は屋上の気分だ。


日和「……誰もいない!やったぁ」


もしかしたら誰かいるかもと思って身構えていたけど、屋上には誰もいなくて安心した。


ついつい声を出しちゃったから1人で照れる。


その時、誰もいないと思ってはしゃいでいたら……なんと蓮くんが出てきたの!!


腕を引かれて連れて行かれたのは、毛布がある小屋だった。


布団を使っていいと言われ、くるまったら蓮くんの匂いに包まれる。


柔軟剤の香りか、すごくいい匂いがして無性にドキドキしてしまう。


色々話している時に、蓮くんは真剣な顔で言った。


蓮「日和先輩、好きな男とか居ますか」


いきなり恋してるか聞かれてびっくりした。


私に恋愛経験なんて全くない。


好きな人すらいないし、恋とか愛とかわかんないんだ。


私だって恋はして見たいって思ってるんだけど、なかなか恋は見つからない。


もしかしたら……誰かと恋人ごっこをしたら見つかるかな?


好きっていう感情が。


蓮「俺が恋を教えます。なので……俺とお試し恋愛しませんか?」


蓮くんと初めての恋人ごっこ。


お試し恋愛という名の、宝探しが始まったんだ。


(回想終了)


次の日・放課後・音楽室


蓮side


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


日和「わぁ……蓮くんのピアノ、なんて言うか綺麗!!」


蓮「ありがとうございます」


日和先輩とお付き合いを初めて一日目。


俺の放課後にしている趣味に付き合ってくれている日和先輩と、2人でピアノを弾いていた。


俺が1人でピアノを弾いていたら、日和先輩は感情をピアノに向けてくれて褒めてくれる。


しかも笑顔が眩しくて、ピアノどころじゃない。


ふたりきりの音楽室で、俺たちはピアノの旋律を奏でる。


日和先輩が弾きたい曲がある、と言ってきた時に、ピアノ弾けるのかって驚いた。


日和先輩の弾いていた曲は、最近流行りの恋愛ソングらしい。


そういう曲を聞いたりしないし、流行りとかに疎いから全く分からなかったけど、ポップなメロディーでいかにも日和先輩が好きそうな曲だった。


左手も滑らかに動いていて、川が流れているみたいにピアノが奏でられている。


日和先輩が曲を弾き終わった時に聞いてみた。


蓮「日和先輩ってピアノ習ってたりしました?」


日和「うん!!小学校一年生から六年生まで習ってたよ!!ピアノとか楽器好きなんだよね」


小首を傾げて微笑んでいるのがまた胸が痛い。


この笑顔を他の男がみたり、他の女が引っ付いたりしているのが嫌だ。


俺だけを見て欲しいのに。


蓮「一緒にピアノ弾きませんか?」


俺は独学だからそんなに上手いわけではないけど。


日和先輩と一緒にピアノを弾いて見たいって思った。


それを聞いた日和先輩は、手をOKマークにして頷いた。


日和「もっちろん!!」


お互い知っている曲を出し合って、弾けそうな曲をセッションすることにした。


俺は左手で、日和先輩は右手。


メロディの方が手を複雑に動かさないと行けないから、本当は俺が行こうとしていた……けど日和先輩は右手がいいって言っていた。


日和「せーの」


同時に鍵盤を押してピアノの綺麗な音が鳴り始める。


窓から入ってくる少し冷たい風が心地よくて、弾くのが楽しくなる。


やっぱりピアノが好きだ。


そして日和先輩と2人で弾くピアノは、意外と息があって弾きやすくて。


何より日和先輩の隣で同じ曲を弾けるのがいちばん嬉しいこと。


最終下校時刻まで色んな曲を弾き続けて、その度に話した。

次はなんの曲を弾くか、とか今日の夜は何を食べようか、とか何気ない会話を続けて。


蓮「日和先輩、どうしてピアノやめたんですか? 」


これが一番気になっていた。


こんなに楽しそうに笑顔でピアノを弾く日和先輩が、どうしてピアノを習うのをやめたのか。


そしてどうしてその質問をされた今、辛そうに表情が引きつっているのか。


日和「た、ただ練習がきつかったの!!だからやめちゃった!あはは」


調子が変わった日和先輩に何かの確信を持つ。


やっぱり日和先輩は。


日和「ほら!!もう時間来ちゃうから早く帰ろうよ!!」


話が逸れてしまい、俺はそれ以上聞くことが出来なかった。


でも一緒に帰る帰り道でも、ずっとその事を考えてしまっていた。


周りに集まる女なんて気にせず、ただただ日和先輩のことだけを考えて。


結局その日は何も聞き出せなかった。


その日の別れ際。


駅のベンチに2人で座って電車を待っている時に、俺はひとつの提案をした。


蓮「今週の日曜日空いてますか?」


日和「え?日曜日?うん、空いてるよっ!!」


蓮「じゃあ俺とデートしましょう」


日和先輩に近づくために。


日和先輩が驚きながらも頷いてくれたのが嬉しくて、つい笑ってしまう。


日和先輩もさっきのあの顔と違い、心から笑っているような瞳で安心した。


それでも日和先輩には、まだ何か抱えてることがあるみたいだし、出来るだけ支えになれたら。


蓮「日和先輩、日曜日。楽しみにしてますからね」

日和先輩に立てた小指を突き出し、日和先輩を見た。


これは俺たちの初デートの約束。


日和「……!!分かった。指切りげんまん!!」


今週の日曜日は日和先輩とのデート。


その事が嬉しすぎて俺は日和先輩に笑いかけた。
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