少し愛重めな橘くんは溺愛症候群

視線の正体

日曜日・水族館の時計台の下・朝10時


日和「ごめんね!!遅れちゃった」


日和先輩は少し遅れてやってきた。


9時半集合だったけど、日和先輩に何かあった訳じゃなくてよかった。


ただの寝坊だってメッセージをくれて安心。


それよりも。


日和先輩の服装と軽くメイクをされた顔が綺麗すぎて。


短めのスカートと黒色で胸元に白いリボンが着いた可愛い服。


いつもと違ってメイクもしているから、日和先輩の可愛さを際立たせている気がする。


こころなしか周りの男が日和先輩を見ているような。


まぁ、気のせいだろ。


蓮「じゃあ日和先輩、行きましょうか」


日和「う……んってえぇっ!?」


俺の手を握ろうとした日和先輩がいきなり声を上げた。


振り返ればそこに、大学生くらいの男が1人。


バイクのヘルメットを両手に持ち、涙目で日和先輩を見ている。


?「うおおお!!日和に彼氏とか俺は認めんぞおお」


蓮「おい、お前誰だ」


?「なんだこの無愛想な男は!!俺と結婚するって約束したじゃないか……!!」


めちゃくちゃなことを言い始めたこの男に混乱が抑えきれない。


日和先輩とこの男はどんな関係なんだ……?


と思っていたら、日和先輩の体が震え出した。


そして真っ赤になり……。


日和「お兄ちゃんのバカ!!私の彼氏の前で何言ってるの!?お兄ちゃんと結婚するわけないじゃん!!」


お兄ちゃんって……日和先輩の?


嘘だろ、こんなに冷静じゃなくてうるさくて、少しだけ顔がいい男が……家にいるのか?


しかも引っ付いてるし、ふざけんなよ。


兄弟だからと言って、結婚とか俺の前で言うな。


日和「ご、ごめんねぇ……蓮くん。お兄ちゃんの名前は敦って言うの。本当に迷惑だからすぐ追い払うね……」


日和先輩が笑いながら兄である敦さんを連行。


すぐに敦さんをどこかにおいやって帰ってきた。


日和「あのさ……前お兄ちゃんにストーカーされたこととかある?」


蓮「え?ないと思います」


日和「さっきお兄ちゃんが、スーパーで日和と並んでたイケメンは誰だって言い始めたから……。それに思い当たるのは蓮くんしか居なかったの」


まさか、あの帰る時に感じた憎悪の視線の正体って。


蓮「あれ……敦さんだったんですね……納得です」


というか結婚するとか言ってるけど、兄としてやばい人過ぎないか?


流石に度が過ぎてる。


いわゆるシスコンってやつなのか。


日和先輩が可愛いのは分かるけどそれ以上近づかれると、俺は多分敦さんを殴ってしまう。


だから一旦追い返してくれたのはありがたい。


日和「やっぱりお兄ちゃんなんかしてたんだね!?ごめんね、迷惑かけちゃって……」


しょぼん、と眉毛を垂れて悲しむ日和先輩に、俺は少し慌てた。


蓮「日和先輩のせいじゃないですよ。日和先輩が可愛いから好きなんだと思います」


あんな兄が居るなんて、本当はもう少し早く言って欲しかったけど、言えないこともあるだろうし今回はノーカンだ。


俺だってこんだけ愛が重いのを隠してるんだから、どっちもどっちだよな。


うなだれる日和先輩の頭をポンっと撫でて笑った。


蓮「とりあえず今日はデートなんで楽しみましょ」


日和「うぅ……ごめんね蓮くん。ありがとう!」


登下校の時のように手を繋いで水族館の中に入る。


水槽があって色々な魚が泳いでいる。


水族館に来る前に、俺は日和先輩に行きたいところを聞いてみた。


金曜日・下校時の回想


蓮「日和先輩、デートで行きたいところありますか?」


日和「蓮くんとデートできるのならどこでもいいけど……水族館には行ってみたいかな」


蓮「行ったことないんですか?」


日和「うん、小学校の卒業遠足の時熱で休んじゃって行けなかったんだ」


蓮「じゃあ日曜日一緒に行きましょう」


(回想終了)


水族館に行ったことがないという日和先輩は、多すぎる水槽と大きな魚に目を輝かせている。


カクレクマノミに近ずいて俺に指さして。


日和「蓮くん!!カクレクマノミだよっ!!かわいいー!!」


蓮「可愛いですね」


カクレクマノミよりテンションが上がって楽しそうな日和先輩がいちばんかわいい。


ふっと思わず笑った。


近くで日和先輩がはしゃいでいるのが、夢のようで嬉しくて。


ギュッと強く手を握った。


日和「次、クラゲ見てもいい?」


クラゲのいる水槽に行ってみると、多くの人が覗いていた。


ふやふやしたクラゲはずっとゆっくりと水中を巡っていて、少しづつ目が離せなくなっていく。


日和先輩も口を小さく開けて、クラゲに夢中になっている。


水槽を照らす光に日和先輩の目が光っていて、それが綺麗だって思った。


そうやって日和先輩を見つめていた時、突然日和先輩が口を開いた。


日和「クラゲって、体のほとんどが水だから死んじゃう時溶けちゃうらしいね」


蓮「そうなんですか?」


日和「私も死ぬ時はクラゲみたいに溶けるようにこの世からばいばいしたい。今背負ったりしてる辛いこととか全部溶かしてね」


俺を見た日和先輩の瞳は少し潤んでいるような気がする。


それは見間違いか、気のせいか分からないけど、日和先輩の言うことには重みがある。


日和先輩、何かあったのか?


あのピアノをやめた理由を聞いた時も、同じように表情が曇っていた気がしたから、何かあったのかもしれない。


だからと言ってお試し恋愛で付き合っていて、まだ会って間もない俺には打ち明けてはくれないだろうし、その気持ちを全てわかることはできない気がする。


日和先輩の過去が気になって、少しづつ不安が募る俺は日和先輩の手と自分の手を絡ませた。


日和「えっ……」


日和先輩が少し頬を染めて俺を見た。


恋人繋ぎという形に変え、手を握ったら日和先輩も握り返してくれる。


俺とは違う、小さくて温かい手に安心と不安が同時に押し寄せる。


日和「蓮くん、もうすぐお昼だから出よう」


クラゲから視線を外して俺の手を引いていく日和先輩が、何か不自然に感じて何も言えない。


蓮「あの。日和先輩、何かありました?」


俺の言葉に足を止めて振り返ったその顔は、いつものような笑顔だった。


日和「ううん、何も無いよ」


クラゲが溶ける話をした時からおかしいよな。


その違和感が分からないまま俺は日和先輩に着いて行った。
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