甘×辛MIX

6th step

◯『S.make』ミーティングルーム


T『インターン3日目』

ミーティングルームの4人がけテーブルにバサバサと書類を並べる杏璃。
それを隣から口を半開きにして眺める咲也。

杏璃「過去に私が提出した企画書よ」
「最終日に天野くんにもひとつ企画書を出してもらうから、よければ参考にして」

咲也「は、はい!」

並んだ企画書のひとつを手に取る咲也。
その瞳が大きく見開く。

咲也「すごい…。僕も知ってるコスメばっかです」
「あ、これ姉が持ってました! めちゃくちゃ使いやすくて発色もいいって。唐沢さんの企画だったんですね」

ひとつひとつに目を輝かせて反応する咲也に、杏璃は少し頬を染める。

杏璃「いちいち大げさに褒めすぎ」
「ほら、パソコン開いて。書き方教えるから」

咲也「はいっ」

ノートパソコンに並んで向き合う杏璃と咲也。
画面を見る杏璃の横顔は真剣そのもの。

杏璃「私たちが企画をはじめるときは、事前にまずどの商品をつくるか決める。上から指示されるときもあるけど」
「ファンデーション、アイシャドウ、マスカラ、アイブロウ…いろいろあるけど、天野くんは特に制限ないから、自由に考えてみて」

杏璃の顔をちらりと盗み見る咲也。
憧れと思慕が入り混じった表情。

咲也の視線に気づかない杏璃は淡々と説明を続けていく。

杏璃「それが決まったら、ターゲット層とコンセプトを考える」
「私は一緒にキャッチコピーも考えるかな」

杏璃が手元の企画書を指差す。
『クールな目元で目力美人』『大人の魅力は眉でキマる デキる大人の眉マスカラ』

咲也「カッコイイ雰囲気のが多いですね。唐沢さんらしいです」

杏璃「メインターゲットがOLばかりだからね。年齢層も20代から30代前半が多いし」

咲也は1番下に隠れていた書類を見つける。

咲也「これは?」

杏璃「え?(ばつが悪そうに)ああ、それね」
「いろいろ考えてたキャッチコピー。全部ボツになったやつだけど」

咲也「へえ、すごいいっぱい考えてるんですね」

A4サイズの用紙に書き込まれたキャッチコピーの数々。
『闘え 大人女子』『焦るな私 褪せるな肌』『今こそ変われ 自分のために』など、挑戦的ものが羅列。

咲也の表情が固まる。

咲也「なんていうか…勇ましいですね」

杏璃「(首をかしげて)勇ましい?」

書類をしげしげと眺めて唸る杏璃。

杏璃「そんなふうに感じたことはなかったけど」

咲也「えっと、悪いってわけではないんです。こういうコスメを求める人もいると思いますし」
「ただ、メイクってもっと楽しんでやるものかなって感じてたんで。唐沢さんのは、なんていうか…その…」

杏璃「(ふっと笑って)攻撃的?」

ギクッとする咲也、あわてて否定する。

咲也「いや、違いますよ! 単純にこういう考え方もあるんだなって」

杏璃「気を遣わなくていいわよ。近藤さんにもそう言われたし」

杏璃の脳裏に千秋から言われた言葉がよぎる。

千秋「あんたのアイディアには、メイクを楽しむって気持ちがない」

杏璃(楽しむ…)
(メイクを楽しむってなに?)

杏璃の顔に陰ができる。

杏璃(メイクは武装。自分を美しく整えることで自信ができて、胸を張って生きてこれた)
(でもそれは、楽しいという感覚とは違う…)

考え込む杏璃を、咲也が心配そうに見つめる。
咲也の頭に、近藤千秋から言われた言葉が蘇る。



◯(回想)洋風居酒屋・インターン初日の飲み会


ジョッキを手に愚痴をこぼす千秋。
隣で咲也が正座をしながら耳を傾ける。

千秋「しっかりしてるように見えて、繊細なところもあるんだよ、唐沢は」
「そのくせ弱みを誰にも見せまいとする。それが歯がゆいのよね」
「(苦笑して)たまには頼ってくれてもいいのにね。仲間なんだから」

(回想終了)



唇をきゅっと結ぶ咲也。

咲也「(真剣な目で)唐沢さん、明日お休みですよね?」

杏璃「(ハッと顔を上げる)え? ああ、そうだけど」

咲也「それじゃあ」

にっこりと笑う咲也。

咲也「そのお休み、僕にください」

杏璃「…はい?」
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