甘×辛MIX
◯焼き鳥居酒屋・テーブル席
杏璃の手元にあるビールのグラスは、ほぼ泡が消えている。
咲也が伏し目がちに話す。
咲也「あれ、嬉しかったんですよね。今まであそこまでメイクで喜んでくれる人もいなかったし」
「(困ったような顔で笑い)ただの孫贔屓ってだけかもしれませんけど」
杏璃「可愛い孫がやってくれれば、誰だって嬉しいに決まってるじゃない」
「ほかの人たちだって、天野くんが来て喜んでくれてたし」
咲也は赤くなって頬をかく。
咲也「子ども扱いなんですよね、いつも」
「あの人たちからすれば、確かに全然子どもなんですけど」
グラスを片手に乾いた笑いを浮かべる杏璃。
杏璃「確かに。私のこともお嬢さんとか、杏璃ちゃんって呼んでたし」
咲也が苦笑いをして小さく頭を下げる。
咲也「すみません。最初から先輩だって伝えておけば、そんな失礼なこと言わなかったのに」
杏璃「(笑いながら手を振る)別に失礼なんて思ってないから。そんなふうに呼ばれたの久々だったから、ちょっと驚いただけ」
早くも2杯目のビールを口にする杏璃。
杏璃「そもそも今日は仕事じゃないしね。天野くんもそうかしこまらなくていいよ」
咲也「…じゃあ」
杏璃を上目遣いに見る咲也。頬がほんのりと赤く染まる。
咲也「俺も杏璃さんって呼んでいいですか」
咲也のお願いに、焼き鳥を持ったまま固まる杏璃。
杏璃「えっ」
「な、名前?」
咲也「(しゅんとして)やっぱダメ…ですか…?」
咲也の頭上にへにゃりと垂れた犬耳の幻影が浮かぶ。
杏璃がうっと言葉に詰まる。
杏璃「ダ、ダメっていうか、ねぇ」
ドキマギしながら、ちらっと咲也の様子をうかがう杏璃。
大きな瞳を潤ませた咲也は、「きゅーん」と鼻を鳴らした子犬のようだった。
杏璃「わ、わかったわよ」
「今日…ってか、今だけね」
咲也「(パッと顔を輝かせる)はい!」
「ありがとうございますっ杏璃さん!」
咲也の背後で犬の尻尾がブンブン揺れる。
可愛さに根負けした杏璃、自分の甘さに「ぐぬ…」と唸る。
咲也「(ニコニコ笑いながら)俺のことも咲也って呼んでいいですからね、杏璃さん」
杏璃「わかったから、何度も呼ばないでよ…」
さらに顔を真っ赤にする杏璃、照れ隠しにビールを呷る。
店員が新しい料理を運んでくる。
店員「お待たせいたしました。激辛チヂミです」
杏璃の前にデンと置かれた料理に、咲也の顔が引きつる。料理も添えられているソースも真っ赤だった。
咲也「な、なんですか、これ」
ウキウキと箸を手にする杏璃。
杏璃「口コミに載ってた裏メニュー。ハバネロが入ってておいしいんだってさ」
「食べてみる?」
咲也「(青い顔で急いで首を振る)や、やめておきます」
チヂミを口に運ぶ杏璃。
辛さを感じさせないおいしそうな笑顔。1枚食べるごとにビールがどんどん減っていく。
あっけにとられる咲也。
咲也「杏璃さん、辛いの強いんですね…」
杏璃「(首をかしげる)強いっていうか、人より好きかな」
「逆に甘いものとかはダメだけど…って、前言わなかった、これ?」
咲也「(きょとんとして)そうでしたっけ?」
杏璃「(目線を宙に向ける)あー、あのとき天野くん酔ってたから」
「(店員に向かって)すいませーん、ビールおかわり」
恥ずかしそうに頭をかく咲也。
咲也「あはは、すいません…」
杏璃「少し羨ましいけどね。私くらい大酒飲みだと、異性も同性も引くし」
左手で髪を抑えながらチヂミを食べる杏璃。
咲也「(不思議そうに)そうですか?」
「友だちの話じゃ、まったく飲めない女性より、お酒が好きな人のほうがいいって」
杏璃「程度の問題よ」
杏璃が皮肉げな笑みを浮かべる。
杏璃「付き合う前はみんなそう言うの。自分も酒好きだから、一緒に飲める子がいいなんて」
「いざ一緒に飲むと、私のほうが強いからドン引きされてさ。なんかイメージと違うって勝手に幻滅されて終わり」
気遣わしげな目をする咲也。
杏璃は気づかずグラスを傾ける。
視線を落として少し悲しげな顔をする咲也。
咲也「杏璃さんくらいきれいな人だと、恋愛もいろいろ経験してますよね」
首をかしげる杏璃。
杏璃「どうだろう。人並みだと思うけど」
「最後に彼氏がいたのは、もう1年近く前だし」
咲也「えっ」
驚いて杏璃を見返す咲也。
咲也「杏璃さん、今恋人いないんですか!?」
杏璃「(咲也をジトっと見る)聞き返さないでよ、そんなこと」
「悪かったわね、見掛け倒しで」
咲也「(あわてて)そっ、そんなこと思ってないです!」
「(少し嬉しそうに)でもそっか、そうですよね。恋人がいたら、休日にわざわざ俺と会ってくれませんよね」
安心している咲也を見て、頭にクエスチョンマークを浮かべる杏璃。
杏璃「そういう天野くんは?」
咲也「(我に返り)えっ、俺ですか?」
杏璃「そうよ。あなたこそ彼女いるんじゃないの?」
「見つかって修羅場になるのはイヤよ」
杏璃(まあ、これだけ歳の差があれば、浮気だとは思われないか)
苦笑して首を振る咲也。
咲也「俺もここしばらく彼女なんていませんよ」
「できてもすぐフラれちゃうんですよね、俺」
グラスに口をつけたまま目を瞠る杏璃。
杏璃「意外ね」
眉を下げて困り顔で笑う咲也。
咲也「付き合う子みんなに言われるんですよね。やっぱ恋愛対象じゃないって」
「ここがダメとか嫌いとかじゃなくて、単に異性として見られないって」
杏璃の頭に、元恋人から言われた言葉がよぎる。
元恋人『見た目だけなら完璧なんだけどな』
あざ笑うようなセリフを思い出し、杏璃の顔に陰ができる。
杏璃「…それは」
「つらかったよね」
咲也「本気で好きだった子に言われたときはかなり」
「あっ、でも!」
暗くなった雰囲気に急いで明るい表情をつくる咲也。
咲也「別れたあとも友だちとしては仲良くしてくれましたよ」
杏璃(それはそれで残酷よね…)
グラスを傾けながら困惑の表情の杏璃。
杏璃「私もすぐフラれるから、ちょっと気持ちわかるかな」
咲也「(目を丸くして)杏璃さんがフラれるんですか? 相手じゃなくて?」
再び涼しい顔でチヂミを食べる杏璃。
杏璃「人を見た目で判断して、勝手に幻想抱かれてんのよ。だから現実を見るとすぐに冷めるみたい」
「でもこっちがすんなり別れを受け入れると、逆ギレして暴れたりするやつもいてさ」
咲也「あ、あっさりしてますね」
杏璃「んー」
チヂミをモグモグしながら視線を宙に向ける杏璃。
杏璃「あっさりかぁ。感情表現が乏しいだけだと思うけど」
「だから、別れたあともちゃんと相手と良好な関係でいられる天野くんは、すごいと思うよ」
咲也「そう…ですか?」
杏璃「そうそう。まあ、それだけ私が外見以外に魅力がないってことかもしれないけど」
「(自嘲の笑み)きっと向いてないのよね、恋愛そのものに」
ほとんど中身がなくなった咲也のグラスで、氷がカランと音をたてる。
咲也「俺は杏璃さんのこと、十分魅力的だって思ってます」
「ひとりの女性として」
ビールを飲んでいた杏璃がフリーズする。
思考が真っ白になる杏璃に、咲也が立ち上がってお金をテーブルに出す。
咲也「俺、先に失礼します。今日はありがとうございました」
杏璃「(呆けた顔で)あ、うん」
咲也「週明けよろしくお願いします」
杏璃「うん」
咲也が居酒屋を出ていく。
呆けたままそれを見送る杏璃。
杏璃(今のって…)
最後の咲也のセリフを思い出す杏璃。
顔が真っ赤に染まっていく。
杏璃(いや…)
(いやいやいや! ないないない!)
杏璃の手元にあるビールのグラスは、ほぼ泡が消えている。
咲也が伏し目がちに話す。
咲也「あれ、嬉しかったんですよね。今まであそこまでメイクで喜んでくれる人もいなかったし」
「(困ったような顔で笑い)ただの孫贔屓ってだけかもしれませんけど」
杏璃「可愛い孫がやってくれれば、誰だって嬉しいに決まってるじゃない」
「ほかの人たちだって、天野くんが来て喜んでくれてたし」
咲也は赤くなって頬をかく。
咲也「子ども扱いなんですよね、いつも」
「あの人たちからすれば、確かに全然子どもなんですけど」
グラスを片手に乾いた笑いを浮かべる杏璃。
杏璃「確かに。私のこともお嬢さんとか、杏璃ちゃんって呼んでたし」
咲也が苦笑いをして小さく頭を下げる。
咲也「すみません。最初から先輩だって伝えておけば、そんな失礼なこと言わなかったのに」
杏璃「(笑いながら手を振る)別に失礼なんて思ってないから。そんなふうに呼ばれたの久々だったから、ちょっと驚いただけ」
早くも2杯目のビールを口にする杏璃。
杏璃「そもそも今日は仕事じゃないしね。天野くんもそうかしこまらなくていいよ」
咲也「…じゃあ」
杏璃を上目遣いに見る咲也。頬がほんのりと赤く染まる。
咲也「俺も杏璃さんって呼んでいいですか」
咲也のお願いに、焼き鳥を持ったまま固まる杏璃。
杏璃「えっ」
「な、名前?」
咲也「(しゅんとして)やっぱダメ…ですか…?」
咲也の頭上にへにゃりと垂れた犬耳の幻影が浮かぶ。
杏璃がうっと言葉に詰まる。
杏璃「ダ、ダメっていうか、ねぇ」
ドキマギしながら、ちらっと咲也の様子をうかがう杏璃。
大きな瞳を潤ませた咲也は、「きゅーん」と鼻を鳴らした子犬のようだった。
杏璃「わ、わかったわよ」
「今日…ってか、今だけね」
咲也「(パッと顔を輝かせる)はい!」
「ありがとうございますっ杏璃さん!」
咲也の背後で犬の尻尾がブンブン揺れる。
可愛さに根負けした杏璃、自分の甘さに「ぐぬ…」と唸る。
咲也「(ニコニコ笑いながら)俺のことも咲也って呼んでいいですからね、杏璃さん」
杏璃「わかったから、何度も呼ばないでよ…」
さらに顔を真っ赤にする杏璃、照れ隠しにビールを呷る。
店員が新しい料理を運んでくる。
店員「お待たせいたしました。激辛チヂミです」
杏璃の前にデンと置かれた料理に、咲也の顔が引きつる。料理も添えられているソースも真っ赤だった。
咲也「な、なんですか、これ」
ウキウキと箸を手にする杏璃。
杏璃「口コミに載ってた裏メニュー。ハバネロが入ってておいしいんだってさ」
「食べてみる?」
咲也「(青い顔で急いで首を振る)や、やめておきます」
チヂミを口に運ぶ杏璃。
辛さを感じさせないおいしそうな笑顔。1枚食べるごとにビールがどんどん減っていく。
あっけにとられる咲也。
咲也「杏璃さん、辛いの強いんですね…」
杏璃「(首をかしげる)強いっていうか、人より好きかな」
「逆に甘いものとかはダメだけど…って、前言わなかった、これ?」
咲也「(きょとんとして)そうでしたっけ?」
杏璃「(目線を宙に向ける)あー、あのとき天野くん酔ってたから」
「(店員に向かって)すいませーん、ビールおかわり」
恥ずかしそうに頭をかく咲也。
咲也「あはは、すいません…」
杏璃「少し羨ましいけどね。私くらい大酒飲みだと、異性も同性も引くし」
左手で髪を抑えながらチヂミを食べる杏璃。
咲也「(不思議そうに)そうですか?」
「友だちの話じゃ、まったく飲めない女性より、お酒が好きな人のほうがいいって」
杏璃「程度の問題よ」
杏璃が皮肉げな笑みを浮かべる。
杏璃「付き合う前はみんなそう言うの。自分も酒好きだから、一緒に飲める子がいいなんて」
「いざ一緒に飲むと、私のほうが強いからドン引きされてさ。なんかイメージと違うって勝手に幻滅されて終わり」
気遣わしげな目をする咲也。
杏璃は気づかずグラスを傾ける。
視線を落として少し悲しげな顔をする咲也。
咲也「杏璃さんくらいきれいな人だと、恋愛もいろいろ経験してますよね」
首をかしげる杏璃。
杏璃「どうだろう。人並みだと思うけど」
「最後に彼氏がいたのは、もう1年近く前だし」
咲也「えっ」
驚いて杏璃を見返す咲也。
咲也「杏璃さん、今恋人いないんですか!?」
杏璃「(咲也をジトっと見る)聞き返さないでよ、そんなこと」
「悪かったわね、見掛け倒しで」
咲也「(あわてて)そっ、そんなこと思ってないです!」
「(少し嬉しそうに)でもそっか、そうですよね。恋人がいたら、休日にわざわざ俺と会ってくれませんよね」
安心している咲也を見て、頭にクエスチョンマークを浮かべる杏璃。
杏璃「そういう天野くんは?」
咲也「(我に返り)えっ、俺ですか?」
杏璃「そうよ。あなたこそ彼女いるんじゃないの?」
「見つかって修羅場になるのはイヤよ」
杏璃(まあ、これだけ歳の差があれば、浮気だとは思われないか)
苦笑して首を振る咲也。
咲也「俺もここしばらく彼女なんていませんよ」
「できてもすぐフラれちゃうんですよね、俺」
グラスに口をつけたまま目を瞠る杏璃。
杏璃「意外ね」
眉を下げて困り顔で笑う咲也。
咲也「付き合う子みんなに言われるんですよね。やっぱ恋愛対象じゃないって」
「ここがダメとか嫌いとかじゃなくて、単に異性として見られないって」
杏璃の頭に、元恋人から言われた言葉がよぎる。
元恋人『見た目だけなら完璧なんだけどな』
あざ笑うようなセリフを思い出し、杏璃の顔に陰ができる。
杏璃「…それは」
「つらかったよね」
咲也「本気で好きだった子に言われたときはかなり」
「あっ、でも!」
暗くなった雰囲気に急いで明るい表情をつくる咲也。
咲也「別れたあとも友だちとしては仲良くしてくれましたよ」
杏璃(それはそれで残酷よね…)
グラスを傾けながら困惑の表情の杏璃。
杏璃「私もすぐフラれるから、ちょっと気持ちわかるかな」
咲也「(目を丸くして)杏璃さんがフラれるんですか? 相手じゃなくて?」
再び涼しい顔でチヂミを食べる杏璃。
杏璃「人を見た目で判断して、勝手に幻想抱かれてんのよ。だから現実を見るとすぐに冷めるみたい」
「でもこっちがすんなり別れを受け入れると、逆ギレして暴れたりするやつもいてさ」
咲也「あ、あっさりしてますね」
杏璃「んー」
チヂミをモグモグしながら視線を宙に向ける杏璃。
杏璃「あっさりかぁ。感情表現が乏しいだけだと思うけど」
「だから、別れたあともちゃんと相手と良好な関係でいられる天野くんは、すごいと思うよ」
咲也「そう…ですか?」
杏璃「そうそう。まあ、それだけ私が外見以外に魅力がないってことかもしれないけど」
「(自嘲の笑み)きっと向いてないのよね、恋愛そのものに」
ほとんど中身がなくなった咲也のグラスで、氷がカランと音をたてる。
咲也「俺は杏璃さんのこと、十分魅力的だって思ってます」
「ひとりの女性として」
ビールを飲んでいた杏璃がフリーズする。
思考が真っ白になる杏璃に、咲也が立ち上がってお金をテーブルに出す。
咲也「俺、先に失礼します。今日はありがとうございました」
杏璃「(呆けた顔で)あ、うん」
咲也「週明けよろしくお願いします」
杏璃「うん」
咲也が居酒屋を出ていく。
呆けたままそれを見送る杏璃。
杏璃(今のって…)
最後の咲也のセリフを思い出す杏璃。
顔が真っ赤に染まっていく。
杏璃(いや…)
(いやいやいや! ないないない!)