甘×辛MIX
○ミーティングルーム


千秋と対面で座る杏璃。
いつもサバサバとしている千秋が険しい表情なことに不安を抱く。

杏璃「近藤さん、話って…」

千秋「(杏璃の声を遮るように)唐沢」

千秋が鋭い目で杏璃を睨む。

千秋「あんた、土曜日に天野くんといた?」

杏璃の心臓がドクンと音をたてる。

杏璃「え…」

千秋「私の同期がね、あんたと天野くんに似た子を駅のあたりで見かけたって言うから」
「その場では適当にごまかしたけど、一応あんたからも聞いておきたい」

千秋の瞳がじっと杏璃を見据える。
なにか言いかけて唇を噛み、うつむく杏璃。

千秋「(ため息をつき)部下のプライベートの時間についてとやかく言う気はないよ」
「でも天野くんはまだ学生。彼が通う大学からお預かりしてる子なのよ」

杏璃「…はい」

千秋「もしこれで、インターンの学生に手を出す社員がいるなんて噂が出たらどうなる?」
「来年から同じ大学の学生はうちに来なくなる。入社希望者が減れば大きな損失にも繋がる。わかるよね?」

立ち上がり、杏璃は深々と頭を下げる。

杏璃「申し訳ありませんでした」

腕を組んで冷たい目で見下ろす千秋。

千秋「今回は同期も自分の勘違いだったかもって流してくれたけど、次からは庇ってあげられないから」
「残念だよ、唐沢。あんたはもう少し賢いと思ってた」

千秋の失望した眼差しにショックを受ける杏璃。
頭を下げたまま、ぐっと拳を握る。

杏璃(失望させた…)
(あれだけ私を買ってくれて、育ててくれた千秋さんを…)

杏璃の頭に、過去に千秋から言われたセリフが蘇る。

千秋『(カラッとした笑顔)あなたが唐沢さんね。よろしく。上司だけど、姉みたいなもんだと思って、いつでも相談に来て』

千秋『(あきれたように)唐沢ぁ。あんた、またこんなに仕事抱えて。たまには人を頼んなさい』

千秋『(快活に笑う)私はあんたの性格、好きよ。嘘がないもの。陰口ばっかの人より、よっぽど信用できる』

現実の千秋が杏璃に呼びかける。

千秋「唐沢」

杏璃「(ハッと我に返る)は、はいっ」

顔を上げる杏璃に、無表情の千秋が告げる。

千秋「次あんたに頼もうと思ってた企画、別の人にまわすことにしたから」
「あんたはしばらく補佐にまわってもらう」

杏璃「(うつむく)…はい」

腕時計を確認する千秋。

千秋「話は終わり。行っていいよ」

杏璃「…このまま私が指導役を続けていいんですか?」

再びため息をつく千秋。

千秋「いいもなにも、インターンは明日で最後よ?」
「今さら担当を変えたら、そのほうが天野くんには可哀想でしょ」

視線を逸らす杏璃。

杏璃「そう、ですよね」

千秋「インターンが終わるまで仕事以外の接触は禁止。昼食も別々に取りなさい」
「もちろん業務時間外はもってのほかよ」

ビシッと指を突きつけて命じる千秋。
その迫力に息を呑む杏璃。

杏璃「近藤さん、ひとつ聞いてもいいですか」

千秋「…なに?」

杏璃「私のあとに企画任されるのって、誰になりますか?」

一瞬、杏璃を鋭い目で見つめる千秋。
すぐに目を逸らしてふぅっと息を吐く。

千秋「そうね。あんたの後任になる人だと、ある程度の実力と経験が必要だから…」
「梶あたりが妥当だと思ってる」

悠里の冷ややかな顔を思い出し、ぐっと唇を噛む杏璃。

杏璃「…っ」
「(ふっと息をつき)…わかりました。梶さんのサポートにまわります」

再び千秋に頭を下げ、ミーティングルームを出る杏璃。
無人になった部屋で、椅子の背もたれにぐったりと身を預ける千秋。左手の甲で自分の目元を覆う。

千秋「不器用なんだから…」
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