甘×辛MIX
○企画開発部オフィス


自分のデスクに戻った杏璃。
散らばっていた書類を整理していると、今度は悠里が千秋に呼ばれてどこかへ行く。

会議を見学していた咲也が戻ってきた。
杏璃を見つけると、パッと笑顔になり子犬のように駆けよってくる。

咲也「お疲れ様です、唐沢さん!」

少し気まずい表情になる杏璃。咲也と目を合わせないようにしながら、軽く手を上げる。

杏璃「お、お疲れ様…」

杏璃の異変に気づかず、無邪気に会議の話をする咲也。

咲也「今部長会議を見学してたんですけど、営業部の部長ってめちゃくちゃ面白いですね!」
「販売促進部の部長との掛け合いが、まるで漫才ですよ、漫才! 笑いを堪えるのに必死で」

クスクス笑ってご機嫌な咲也。
曖昧に笑い返す杏璃に気づき、小さく首をかしげる。

咲也「唐沢さん? どうかしました?」

杏璃「(ハッとして)ううん、なんでもない」

咲也「そうですか…?」
「(思いついたように手を叩き)そうだ! このあとのお昼、近所に来てるキッチンカーに行ってみません? ハンバーガーらしいんですけど、めっちゃおいしいってSNSでも評判で…」

杏璃「(食い気味に)いい」

語気を強めた杏璃に固まる咲也。
杏璃は目を合わせないまま立ち上がる。

杏璃「溜まってる仕事あるから、今日はデスクで食べる」

咲也「あ、じゃあ俺も…」

困惑しながらまだ笑みを浮かべている咲也に、杏璃が冷淡に告げる。

杏璃「あなたは気にしないで、ちゃんと休憩取りなさい」
「午後は明日提出の企画のレポート書いてもらうから」

咲也「は、はい」

しゅんとしながら、杏璃の隣のデスクに座る咲也。

千秋に呼ばれていた悠里が戻ってくる。
杏璃が気づいて目を向けると、視線がばちりと合う。

悠里「……」

真顔で杏璃を見ていた悠里。
次の瞬間、ふっとあざ笑うような笑み。
じりっとした胸の痛みを感じる杏璃。

つかつかと近づいてきた悠里。
杏璃のすぐそばで足を止め、杏璃の耳元でささやく。

悠里「課長からじきじきに次の企画任されたわ。おかしいわね。アレ、あなたが担当だったはずなのに」

なにも言わずうつむく杏璃。

悠里「(意地の悪い顔で)あなたの後釜っていうのは気に入らないけど、一応感謝しとく」
「なんかよくわからないけど、ミスしてくれてありがとう」

歯を食いしばる杏璃。
隣にいた咲也が異変に気づいて悠里を睨む。

咲也「あの──」

杏璃「(咲也を遮るように)梶さん」

凛とした声で悠里を呼ぶ杏璃。
悠里がビクッとして距離を取る。

杏璃が椅子から立ち上がる。
射るような杏璃の目にたじろぐ悠里。

悠里「な、なによ」
「(身構えて)文句があるなら──」

杏璃「すみませんでした」

悠里を遮り、バッと頭を下げる杏璃。
悠里が困惑して口をつぐむ。

杏璃「(頭を下げたまま)今回の件は確かに私の軽率な行動によるものです。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

状況が読めずに狼狽える悠里。

杏璃「梶さんが私のことを疎ましく思ってるのは知ってます。私があまりよくない後輩だってことも…」
「梶さんにとって、私は面白くない存在だったと思います。嫌われてるのわかってて、私も梶さんに好かれる努力をしませんでした」

顔を上げた杏璃がキッと悠里を見据える。
ギクリと身体を強張らせる悠里。

杏璃「でも、歩み寄る努力を怠ったのは梶さんも同罪です」
「梶さんは私と直接やり合うよりも、陰で私の評判を落とすほうを選んだ。これはけっして褒められたやり方じゃありません」

杏璃から目を逸らす悠里。
図星を刺されて言い返せず、唇をきゅっと結んでいる。

杏璃「(目線を落とす)私がはじめてここに配属されたとき、あなたは私を可愛がってくれました。はじめてできた後輩だからって」

杏璃の頭の中で、過去に悠里と楽しく仕事をしていた記憶が走馬灯のようによぎる。
悠里とふたりでパソコンに向かい合い、深夜まで新商品の企画を練る様子。
企画が通り、誰もいないオフィスでこっそり祝杯を上げるふたり。

杏璃(楽しかった…。毎日がキラキラ輝いてた)
(でも、私が独り立ちしたころから、すべて変わってしまった)

杏璃がひとりで出した企画が注目され、距離が空く杏璃と悠里。
千秋をはじめ上司に囲まれる杏璃を睨む悠里。

杏璃「こんなギスギスした関係になっても、あなたに指導を受けたときのことは忘れません」

再び強い視線を悠里に向ける杏璃。

杏璃「私はあなたがつくるコスメが好きだから」
「あなたが私に、コスメをつくる楽しさを教えてくれたから」
「私はまだ、あなたを尊敬しているから──!」

顔をそむけていた悠里が、杏璃の言葉にビクッと震える。

遠巻きに眺めていた同僚たちを振り返る杏璃。

杏璃「私は完璧な人間じゃありません。普通に悩むし、失敗もします」
「(うつむき)それを周りに知られるのが怖かった」

杏璃の話に耳を傾けながらも、顔を見合わせる同僚たち。
その中で咲也が固唾を飲んで見守っている。

杏璃「でも、それじゃあ私も成長できないし、いいコスメだってつくれません」
「だから、皆さんも私に遠慮しないでください。ダメなところはダメって言ってほしいです。私ももっと皆さんを頼るようにします」

杏璃の瞳に熱がこもる。

杏璃「このチームで、私はもっとたくさんのコスメをつくりたいんです…!」
「お願いします!」

同僚たちが胸を打たれたように杏璃を見つめる。
腕を組んでいた梶の手にも力がこもる。

部下たちの様子を廊下から見ていた千秋。
無表情に見えたその口元に、うっすらと笑顔が浮かぶ。

千秋の視線の先にいたのは同僚に訴えかける杏璃と、杏璃を優しい表情で見つめる咲也だった。
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