甘×辛MIX
○企画課オフィス外・廊下


ガラス張りの廊下から近藤千秋が部下たちの様子を見ている。
ドアがキィっと開いた。

姿を見せた咲也に気づき、千秋が微笑する。

千秋「もう今日で最後なんて早いわね。お疲れ様、天野くん」

一瞬、真顔で千秋を見返した咲也。
口元にふっと笑みを浮かべる。

咲也「全部課長の手のひらの上って感じですね」

千秋「…あら、なんのことかしら」

オフィスに背を向け、ガラスに寄りかかる千秋。

咲也「(真剣な表情)とぼけないでください」
「最初から唐沢さんに発破をかけるつもりで、俺の指導役を命じたんでしょう?」

真顔で咲也を見返した千秋。
耳からぶら下がるピアスが、照明を受けてキラキラ光る。

千秋「…私さ、甘いものも辛いものも、どっちも好きなのよね」

唐突にはじまる語りに戸惑う咲也。
オフィスに背を向けたまま、横目でちらりと中をうかがう千秋。

千秋「辛いものを食べたら甘いものが欲しくなる。甘いものを食べたら、今度はやっぱり辛いものも食べちゃう」
「正反対でも相性がいいってことよね。不思議なもんだ」

ふっと小さく笑う千秋。

千秋「唐沢は昔から人に甘えるのが苦手でね。過去にいろいろ苦労したからだと思うけど」
「でも、仕事っていうのは、いつまでもひとりじゃできないのよ。たとえ本人がどんなに優秀でも、最後に必要なのは結局コミュニケーション」

咲也「(ごくりと唾を飲む)それを教えるために、あえて僕の面倒を見させたってことですか?」

千秋「うーん…」

宙に視線を向けて小さく唸る千秋。

千秋「最初からそのつもりだったかって言われると微妙ね」
「これを機に他人と共同作業する楽しさもわかってくれないかなー、なんて。うまくいけば御の字くらい?」

はははー、とあっけらかんと笑う千秋に、困惑して立ちすくむ咲也。
千秋が笑顔を消して、再び真面目に話し出す。

千秋「いくら気にかけてやってても、私はしょせん上司だから」
「慕われることはあっても、完全に打ち解けてはくれないのよね」

ガラスから離れて伸びをした千秋、苦笑いの表情を浮かべる。

千秋「でもちょっと悔しいなー。この中で1番唐沢と付き合いが長いのに」
「まさか出会って1週間の大学生に、いいところをかっさらわれちゃうなんてね」

優しい目をする咲也。

咲也「唐沢さんは近藤課長を、誰よりも信頼して尊敬してると思いますよ」
「課長のために、らしくもない指導役なんて仕事を受けたんじゃないですか」

一瞬虚を突かれたように目を瞠る千秋。
苦笑して天井を見上げる。

千秋「まいったわ。あんた、想像以上にイイ男だね」
「(わざとらしく口を押さえ)おっと、今のはセクハラ発言かしら」

咲也「(苦笑して)光栄です」

千秋「でも本当、唐沢や梶が可愛がる理由がわかるよ」

咲也の肩をぽんと叩く千秋。

千秋「1週間お疲れ様」
「きみが正式に採用される日を楽しみにしてるわ」

期待のこもった千秋の言葉に、パッと表情を輝かせる咲也。

咲也「はい!」
「(バッと頭を下げ)お世話になりました!」

コロコロ表情が変わる咲也を微笑ましく眺める千秋。
すぐに仕事モードに切り替わる。

千秋「さて、私は部下たちの様子でも見に行きますか」
「あなたはもう上がりでしょう?」

咲也「はい。あ、でも」

頬をかいて少し照れた顔をする咲也。

咲也「もう少しだけいさせてもらってもいいですか?」
「(赤くなってうつむく)その…。最後にしっかり挨拶もしたいんで」

照れる咲也を目を丸くして見つめる千秋。
その口元がふっと緩む。

千秋(最後だし、ね…)

千秋「それなら、ここよりいい場所があるわよ」
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