甘×辛MIX

Last step

○公園(夕暮れ)


陽が傾いた中、歩きながら伸びをする杏璃。

杏璃「んー…よく働いた」

晴れ晴れした表情が一転、寂しげに曇る。

杏璃(ディスカッションが盛り上がりすぎて、天野くんにちゃんと挨拶できなかったな)
(最終日だし、少し話したかったのに)

杏璃「(ため息をつき)また本当に会えるかもわからないのになぁ…」

ボソッとつぶやいた直後、暗がりから声をかけられる。

咲也「誰とですか?」

杏璃「ひゃっ…!?」

小さく悲鳴を上げる杏璃。
ベンチで座っていた咲也がくすくす笑う。

驚きで心臓のあたりを押さえる杏璃。
動悸がおさまらないまま咲也を睨む。

杏璃「天野くん、こんなところでなにやってるの?」

ベンチから立ち上がり、咲也が杏璃に缶コーヒーを差し出す。

咲也「唐沢さんを待ってました」
「近藤課長から、唐沢さんが仕事帰りにここをよく通るって聞いたんで」

コーヒーを受け取る杏璃。
咲也がにこっと微笑む。

咲也「少しだけお話しませんか?」

咲也が座っていたベンチに並んで腰掛ける杏璃と咲也。
ブラックコーヒー(杏璃)とカフェオレ(咲也)で軽く乾杯する。

咲也「1週間ありがとうございました」

杏璃「お疲れ様」

缶を傾けるふたり。
咲也が切なげな目で缶を見つめる。

咲也「1週間って早いですね。あっという間に終わっちゃいました」

杏璃「うん…そうね」

両手で缶を握り、うつむいて寂しげに笑う杏璃。

杏璃(最初は千秋さんに言われて仕方なくはじめた指導役だったけど)
(意外に楽しかったなぁ)

屈託のない咲也の表情を思い返す杏璃。
会議を見学する真剣な顔。ラボで見せた驚きや興奮の表情。食事をおいしそうに頬張る様子。老人ホームで見せたイキイキした笑顔。

杏璃「これまでにない経験をさせてもらったわ」
「ありがとう、天野くん」

目を見開く咲也。

咲也「お礼を言うのは僕のほうですよ!」
「いろんなことを学ばせてもらいました。とても楽しかったし、充実したインターンになりました」

ぺこっと頭を下げる咲也。
目尻を下げて優しい顔つきになる杏璃。

杏璃「学んだのは私も一緒。久しぶりに仕事が楽しいって思えた」
「梶さんともちょっとだけ前みたいな関係に戻れたし」

咲也が照れたように笑う。

咲也「それは唐沢さんがこれまで積み重ねてきた実績があるからですよ」
「梶さんもほかの皆さんも、唐沢さんの実力を知ってるから、最後は絶対についてきてくれます」

杏璃「そうかな…」
「(ふわりと微笑む)そうなら嬉しい」

杏璃の柔らかな表情にドキッとする咲也。
赤くなった顔をそむけて正面を向く。

咲也の横顔がキリッと引き締まる。

咲也「…杏璃さん」

名前を呼ばれてびくりとする杏璃。
和やかな空気から一転し、緊張感を帯びる。

咲也の缶を握っていない手にぐっと力がこもる。

咲也「杏璃さん…で、いいですよね。もうインターン終わりましたし」

杏璃「ど、どうぞ」

緊張して敬語になる杏璃。
咲也が小さく息をつく。

咲也「以前にもちらっと言ったんですけど…」
「俺、杏璃さんが好きです」

咲也の告白に固まる杏璃。
吹きつけた風に舞い上げられた髪をおさえ、咲也を見る。
いつになく真剣な目をした咲也が、まっすぐに杏璃を見返した。

鼓動をごまかすように目を逸らす杏璃。

杏璃「人として、でしょ。言葉が足りないわよ」

咲也「…わかってるくせに、ごまかすんですね」

視線を落として寂しく笑う咲也。
杏璃の胸がツキンと痛む。

咲也「でもいいですよ」
「ごまかしが効かなくなるまで、言い続けるまでです」

しっかりした口調で告げたかと思うと、途端に眉を下げて情けなく苦笑する咲也。

咲也「恋愛対象として見られないのも慣れてますから」
「こう見えて結構しぶといんですよ、俺」

短い時間の中でコロコロと変わる咲也の表情を、引き込まれるように見つめる杏璃。
心臓は変わらずドクンと大きな音をたてている。

咲也の真剣な表情での告白が続く。

咲也「俺に夢を与えてくれたのは杏璃さんです。杏璃さんのコスメがあったから、俺はこの世界に入ろうって思ったんです」
「まさかマジで企画者本人に会えるなんて、思ってもみなかったですけど」
「そこも含めて、運命ってやつだったのかな…なんて」

言いながら恥ずかしそうに頬をかく咲也。

咲也「そんなキザなことも考えてみたり、です」

黙ったまま手元の缶を見つめる杏璃。

咲也「今の俺じゃあ杏璃さんとは釣り合わないってわかってます」
「だけど、もし俺があの会社に入社して、1人前になって…」
「そのときにまだ、杏璃さんの隣が空いていたら…」

真っ赤になりながらも、咲也の瞳がまっすぐ杏璃を貫く。

咲也「少しだけ俺のこと、考えてみてくれませんか」
「…恋愛対象として」

陽が暮れて公園内には街灯が灯る。
優しく吹く風が近くの茂みをざわつかせる。

杏璃がふっと皮肉っぽい笑みを浮かべる。

杏璃「知ってた、天野くん? 私、もうすぐ28なの」

咲也「…はい」

再び視線を自分の手元に落とす咲也。

杏璃「だから、あんまり長く待ってられない」

杏璃のセリフに息を呑む咲也。

咲也「(顔を上げ)杏…」

呼びかける直前、ぐっと襟首を掴まれて引き寄せられる咲也。
杏璃からのキスに、不意をつかれて目は大きく見開いたままだった。

唇を離した杏璃、赤くなって睨むように咲也を見る。

杏璃「入社したらマジでしごくわよ」
「1日でも早く1人前になってもらうんだから」

突然のキスにぽかんとしたままの咲也。
ますます顔を赤く染め、咲也の鼻先に指を突きつける杏璃。

杏璃「わかったら返事!」

咲也「(背筋を正し)はっ、はい!」

ギクシャクと応える咲也に、杏璃がくすりと笑う。
しかしすぐに笑みを消して、不機嫌顔になる。

杏璃「甘い」

咲也「あ…」

自分の唇をおさえ、握っていたカフェオレの缶を見る咲也。
杏璃が甘いものが苦手だったことを思い出し、苦笑いを浮かべる。

咲也「俺は苦かったです」

言葉に詰まった杏璃(手元にはブラックコーヒー)。
目を逸らす杏璃に、優しく語りかける咲也。

咲也「足して2で割ったらちょうどいい。俺と杏璃さんみたいじゃないですか」

杏璃「…調子いいんだから」
「私、甘いの苦手なんだけど」

あきれた表情の杏璃に、咲也が屈託なく笑う。

咲也「杏璃さんはそのまんまでいいですよ」
「甘いのも甘やかすのも、俺の得意分野ですから」

缶を握っていないほうの手でそっと杏璃の頬に触れる咲也。
漂う甘い空気に赤面する杏璃。

杏璃(苦手…なはずなのに)
(この甘さは癖になりそう)

月明かりと街灯に照らされて、ふたりの影が地面に伸びる。
寄り添う影がひとつに重なった。
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