甘×辛MIX

3rd step

◯居酒屋が立ち並ぶ駅前通り(夜)

堂々と居酒屋から立ち去ったはずの杏璃のオーラは暗い。

T『自己嫌悪タイム』

杏璃(あーぁ、またやっちゃった)
(梶さん、根に持つ人だからなぁ…明日気まずい)

ため息をつきながら、腕時計で時間を確認する。
早くに抜け出したおかげで、まだ21時にもなっていない。

杏璃(微妙に飲み足りないんだよな)
(時間ならあるし…)

杏璃「(急に晴れやかな顔つきで)ひとりで飲み直すか」

T『自己嫌悪タイム 終了(30秒)』

スマホで近くの居酒屋を調べはじめる杏璃。

杏璃(このあたりでいい店はっと…)

ナンパ「ねえねえ、ひとり?」

うしろから酔っ払った男の声が聞こえてきたが、無視して歩きながらスマホを見る杏璃。
男もしつこく声をかけてくる。

ナンパ「お店悩んでるならさー、俺の行きつけ紹介するから一緒に行こうよ」
「オシャレでおいしいよー。奢ってあげるから、ね?」

スタスタ歩く杏璃のすぐうしろから、ナンパ男の声がついてくる。
シカトしていた杏璃も徐々に苛立ちが募る。

杏璃(ああ、もう…っ)

ナンパ「ねえってばー」

ナンパ男の手が伸びてくる(杏璃には見えていない)。
ひたいに青筋を立て、杏璃が射るような目つきで振り返る。

杏璃「しつっこ──」

咲也「(杏璃のセリフに被さるように)こ、困ります」
「俺男だし…」

聞き覚えのある声に杏璃が口を閉ざす。
すぐ背後に立っていた咲也が、ベロベロに酔った男相手にまごついていた。

まさかの状況に杏璃も一瞬ガクッとする。

杏璃(あんたがナンパされとるんかいっ!!)

がっくりすると同時に、自分の勘違いにも恥ずかしくなる。

杏璃(自分が声かけられてるって疑わなかったこっちも恥ずい…)
(確かにもうナンパされるような歳でもないけど)

ごまかすように髪をかきあげながら、杏璃はひとつ咳払いをする。
次の瞬間には、酔っぱらいの男は路地裏に大の字にのされ、それを咲也が呆然と眺めていた。

パンパンと手をはたきながら振り返る杏璃。

杏璃「こういう輩がいるから、夜道は気をつけなきゃダメよ」
「さてと」

踵を返しかけた杏璃に咲也が我に返って頭を下げた。

咲也「か、唐沢さん! ありがとうございました」
「さっきも今も…。僕助けていただいてばかりで」

もじもじしながら頬を染める咲也の姿は、誰が見ても可愛らしかった。

杏璃(こりゃ男でもナンパしたくなるわ)

杏璃「(無表情のまま)気にしないで。知り合いが絡まれてたら当然だし」

クールに告げて手を振る杏璃。そのまま別れるつもりだったが、咲也は追いかけてきた。

咲也「どちらに行くんですか」

杏璃「(戸惑った表情で)どちらって…」
「近くで飲み直そうと思っただけよ」

咲也は瞳を輝かせた。

咲也「僕もご一緒していいですか?」

杏璃「は? (顔を引きつらせる)なんで??」

あまり愛想のいいとは言えない杏璃の表情にも臆さず、咲也はぐっと握りこぶしをつくった。

咲也「もっと唐沢さんのことを知りたいので!」

杏璃「あ、あはは…」

乾いた笑いを浮かべる杏璃。内心では歳下男子の思わぬ爆撃に動揺していた。

杏璃(今の発言、聞きようによってはかなりヤバいんですけど…!?)
(この子、天然??)

杏璃「でも天野くん、お酒ダメなんでしょ?」
「私大酒飲みだし、あとで迷惑かけたくないから」

やんわりと断ろうとしたが、途端に咲也がシュンと眉を下げた。

咲也「ダメ、ですか…?」

杏璃「(汗をかきながら)ダ──」

杏璃(ダメでしょ? いくら指導役だからって、学生とふたりで居酒屋とか)
(梶さんに偉そうに注意しておきながらそれって…)

ぐるぐると考え込む杏璃。
頭の中で自制心と罪悪感が激しい闘いを繰り広げていた。

咲也は大きな瞳を潤ませて杏璃を見上げている。
ふわふわの髪の隙間から、へにゃりと垂れた犬耳の幻影まで見えた。

脳内の杏璃が頭を抱えて叫んだ。

杏璃(可愛すぎて断れないぃ──っっ!!)
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