線香花火
ぼわっ、と花火の音がし、煙が上がる。
太陽が昇っている時間帯ならば、目の前に綺麗な海が見えるのだが、月と星が顔を出しているこの時間帯では、夜空と同化している。
道路のど真ん中で、高校生数人が花火で騒ぐ。
そんなこと、都会ではできない。
島だからできることだ。
友人たちは花火を振り回してみたり、花火を持って追いかけたり、きゃっきゃと楽しそうな声を出して、この夏休みを満喫している。
私は裕樹が一人になったのを見計らって、隣に立った。
「本当に皆、変わらないね。小学生みたい」
私がそう言うと、裕樹は花火を振りまわす友人を見て「確かに」と吹き出した。
久しぶりに会った皆は、あの頃と何も変わっていない。
しかし、当時の面影を残しながらも大人びた顔つきや体型は、あの頃と違う。
小学校を卒業すると同時に、私はこの島から引っ越して都会へ住むことになった。
当時はさみしくて仕方なくて、島を恋しく思ったのだが、半年も経てば立派な都会っ子に成長していた。
それでも、島にいる友人のことを忘れたことはなかった。
絶対に遊びに帰るから、と約束したけれど、中学生が一人で都会を出て島へ行くことは困難だった。
高校生になった今、バイトとお年玉で貯めたお金を使い、数年ぶりに島へ足を踏み入れることができた。
「優菜、どの花火にする?」
裕樹が花火の袋を指す。
「どれにしよっかなー」
「線香花火が一番あまってるな」
「皆、派手なのが好きだもんね」
「線香花火は地味だからな」
はは、と笑う裕樹に胸がきゅんとする。
久しぶりに会った裕樹は、あの頃と変わらない屈託のない笑顔を見せる。
皆に会いたかったというのは嘘ではない。だけど、本当は、裕樹に会いたかった。
家が隣で、毎日のように一緒にいた裕樹。
関係を壊したくなくて、どうしても告白はできなかった。
あの頃は小学生だったけれど、今はもう高校生だ。大人になっている。あの頃とは違う、大人になった私を見て、意識してくれたらな。
「あ、おい!」
傍で慌てる声が聞こえ、同時に、水の音もした。
「あーあ」
振り返ると、水を入れていたバケツを誰かがひっくり返したようで、使用済みの花火が水と一緒に地面に落ちている。
チャンスだ、と思った。
「わ、私、海水とってくるよ」
転がっているバケツを持ち、裕樹に「ついてきてくれる?」と声をかけた。
心臓がいつもよりはやく動く。
裕樹は笑顔で「いいよ」と答えた。
皆の元から離れ、裕樹と並んで歩く。
辺りは暗く、静かで、告白するにはとてもいい雰囲気だった。
好きです、付き合ってください。
そう言うのがごく一般的な、ありふれた告白の台詞だ。
でも、裕樹に敬語をつかうのは違う気がする。
ずっと好きなの、付き合ってほしい。
この台詞はなんだか気恥ずかしい。
でも、これが一番女の子らしい。
仮に、付き合えたとしても遠距離恋愛になってしまう。
高校生のうちは仕方がないとして、その先はどうしよう。
裕樹は大学へ行くのだろうか、それとも就職をするのだろうか。
私は、裕樹が就職をするなら私も就職をするし、裕樹が大学へ進学するなら私もそうしたい。
もし就職をするなら、裕樹の職場と近いところで働きたい。
大学は同じところへ行きたい。
裕樹は、どうするのだろう。
「裕樹、高校を卒業したら……」
「実は俺、彼女できたんだ」
高校を卒業したら、どうするの?
そう聞こうと思っていたのに、私の声にかぶせて、裕樹は今とんでもないことを言った。
聞き間違いだろうか。
「え、なんて……?」
声が震える。
聞き間違いであってほしい。
「彼女できた」
顔に水をかけられたようだった。
就職するのか、大学へ進学するのか。恋愛が成就した先のことを聞こうと思っていた私は、とても愚かだ。
砂浜を歩く足が急に重くなる。
「い、いつから......?」
「昨日から」
「だって、誰もそんなこと言ってなかったよ……」
「真っ先にお前に言いたかったからな、皆にはまだ言ってない」
「そ、そっか」
何て言えばいいんだろう。
ありがとう? おめでとう?
微塵も思っていない。
裕樹の顔を見ることができない。
今、笑顔を向けないでほしい。今、こっちを見ないでほしい。
「彼女、どんな人なの? 私も知ってる人?」
やめておけばいいのに、口が勝手に動く。
裕樹が好きになった人の話なんて知りたくない。だけど、知りたい。
相反する思いがぐるぐると胸の中に渦をつくる。
「いや、高校のクラスメイトだから、優菜の知らない人」
島には中学校までしかない。高校は海を渡らなければ通えない。
つまり島の人間ではない、私の知らない人。
その子は可愛いの?それとも美人なの?
勉強はできるの?運動は?
私の方が先に裕樹を好きになったのに。私の方が裕樹を知ってるのに。
「水って半分でいいのか?」
私のことなんてまったく気にせず、海水をバケツに入れる。
ねぇ、見てよ。私、今笑ってないよ。
本当に見られたら困るくせに、見てほしいだなんて矛盾している。
「よっしゃ、戻るか」
重くなったバケツを持ち、裕樹は私の横を通り過ぎる。
必要なだけ海水をとったので、もう海に用はないと言わんばかりに、名残惜しくもなく海に背を向けて振り返ろうともしない。
告白なんて、できなくなった。
告白をしたところでどうせ振られる。失恋が決まったのだ。
裕樹の後を追い、無理に明るい声をつくる。
「ていうか、彼女がいるなら私と二人きりになっちゃダメでしょ」
ははは、と笑ってみる。
「お前とはそういうのじゃないから、大丈夫だろ」
ひゅっと息を呑んだ。
そういうのじゃない、って何。
私は、そういうのだったよ。
まるで私の気持ちが最初からなかったかのように無視された。
少しは、私が裕樹のことを好きかもって思ってよ。
好かれてるかも、って思ってよ。
私が長年抱えた想いをなかったことにしないでよ。
そう言ってしまいたかった。
でも、そんなことを言うと、もっと傷つきそうだった。
惨めになりたくない。恥ずかしい思いをしたくない。
「都会は良い男たくさんいるだろうから、優菜もすぐ彼氏できそうだな」
私は裕樹が彼氏になることを夢見てたよ。
好きな人に、容赦なく何度も胸を刺される。
悲しみと、痛みに耐えきれず涙が頬をつたい、濡れた頬を潮風が冷たく撫でる。
好き。好き。好きなの。
口に出す勇気はなく、心の中で叫ぶも、海が大きな音を立てるから心の声すらかき消される。
道路に出ると、皆が楽しそうに花火をしていた。
地面に置かれている花火の袋には、線香花火が一つも減ることなく残っている。
裕樹の彼女が大きく咲かせた打ち上げ花火だとしたら、私は袋から出されもしない線香花火だ。
その線香花火の束を手に取り、私はそっと、バケツに沈めた。
太陽が昇っている時間帯ならば、目の前に綺麗な海が見えるのだが、月と星が顔を出しているこの時間帯では、夜空と同化している。
道路のど真ん中で、高校生数人が花火で騒ぐ。
そんなこと、都会ではできない。
島だからできることだ。
友人たちは花火を振り回してみたり、花火を持って追いかけたり、きゃっきゃと楽しそうな声を出して、この夏休みを満喫している。
私は裕樹が一人になったのを見計らって、隣に立った。
「本当に皆、変わらないね。小学生みたい」
私がそう言うと、裕樹は花火を振りまわす友人を見て「確かに」と吹き出した。
久しぶりに会った皆は、あの頃と何も変わっていない。
しかし、当時の面影を残しながらも大人びた顔つきや体型は、あの頃と違う。
小学校を卒業すると同時に、私はこの島から引っ越して都会へ住むことになった。
当時はさみしくて仕方なくて、島を恋しく思ったのだが、半年も経てば立派な都会っ子に成長していた。
それでも、島にいる友人のことを忘れたことはなかった。
絶対に遊びに帰るから、と約束したけれど、中学生が一人で都会を出て島へ行くことは困難だった。
高校生になった今、バイトとお年玉で貯めたお金を使い、数年ぶりに島へ足を踏み入れることができた。
「優菜、どの花火にする?」
裕樹が花火の袋を指す。
「どれにしよっかなー」
「線香花火が一番あまってるな」
「皆、派手なのが好きだもんね」
「線香花火は地味だからな」
はは、と笑う裕樹に胸がきゅんとする。
久しぶりに会った裕樹は、あの頃と変わらない屈託のない笑顔を見せる。
皆に会いたかったというのは嘘ではない。だけど、本当は、裕樹に会いたかった。
家が隣で、毎日のように一緒にいた裕樹。
関係を壊したくなくて、どうしても告白はできなかった。
あの頃は小学生だったけれど、今はもう高校生だ。大人になっている。あの頃とは違う、大人になった私を見て、意識してくれたらな。
「あ、おい!」
傍で慌てる声が聞こえ、同時に、水の音もした。
「あーあ」
振り返ると、水を入れていたバケツを誰かがひっくり返したようで、使用済みの花火が水と一緒に地面に落ちている。
チャンスだ、と思った。
「わ、私、海水とってくるよ」
転がっているバケツを持ち、裕樹に「ついてきてくれる?」と声をかけた。
心臓がいつもよりはやく動く。
裕樹は笑顔で「いいよ」と答えた。
皆の元から離れ、裕樹と並んで歩く。
辺りは暗く、静かで、告白するにはとてもいい雰囲気だった。
好きです、付き合ってください。
そう言うのがごく一般的な、ありふれた告白の台詞だ。
でも、裕樹に敬語をつかうのは違う気がする。
ずっと好きなの、付き合ってほしい。
この台詞はなんだか気恥ずかしい。
でも、これが一番女の子らしい。
仮に、付き合えたとしても遠距離恋愛になってしまう。
高校生のうちは仕方がないとして、その先はどうしよう。
裕樹は大学へ行くのだろうか、それとも就職をするのだろうか。
私は、裕樹が就職をするなら私も就職をするし、裕樹が大学へ進学するなら私もそうしたい。
もし就職をするなら、裕樹の職場と近いところで働きたい。
大学は同じところへ行きたい。
裕樹は、どうするのだろう。
「裕樹、高校を卒業したら……」
「実は俺、彼女できたんだ」
高校を卒業したら、どうするの?
そう聞こうと思っていたのに、私の声にかぶせて、裕樹は今とんでもないことを言った。
聞き間違いだろうか。
「え、なんて……?」
声が震える。
聞き間違いであってほしい。
「彼女できた」
顔に水をかけられたようだった。
就職するのか、大学へ進学するのか。恋愛が成就した先のことを聞こうと思っていた私は、とても愚かだ。
砂浜を歩く足が急に重くなる。
「い、いつから......?」
「昨日から」
「だって、誰もそんなこと言ってなかったよ……」
「真っ先にお前に言いたかったからな、皆にはまだ言ってない」
「そ、そっか」
何て言えばいいんだろう。
ありがとう? おめでとう?
微塵も思っていない。
裕樹の顔を見ることができない。
今、笑顔を向けないでほしい。今、こっちを見ないでほしい。
「彼女、どんな人なの? 私も知ってる人?」
やめておけばいいのに、口が勝手に動く。
裕樹が好きになった人の話なんて知りたくない。だけど、知りたい。
相反する思いがぐるぐると胸の中に渦をつくる。
「いや、高校のクラスメイトだから、優菜の知らない人」
島には中学校までしかない。高校は海を渡らなければ通えない。
つまり島の人間ではない、私の知らない人。
その子は可愛いの?それとも美人なの?
勉強はできるの?運動は?
私の方が先に裕樹を好きになったのに。私の方が裕樹を知ってるのに。
「水って半分でいいのか?」
私のことなんてまったく気にせず、海水をバケツに入れる。
ねぇ、見てよ。私、今笑ってないよ。
本当に見られたら困るくせに、見てほしいだなんて矛盾している。
「よっしゃ、戻るか」
重くなったバケツを持ち、裕樹は私の横を通り過ぎる。
必要なだけ海水をとったので、もう海に用はないと言わんばかりに、名残惜しくもなく海に背を向けて振り返ろうともしない。
告白なんて、できなくなった。
告白をしたところでどうせ振られる。失恋が決まったのだ。
裕樹の後を追い、無理に明るい声をつくる。
「ていうか、彼女がいるなら私と二人きりになっちゃダメでしょ」
ははは、と笑ってみる。
「お前とはそういうのじゃないから、大丈夫だろ」
ひゅっと息を呑んだ。
そういうのじゃない、って何。
私は、そういうのだったよ。
まるで私の気持ちが最初からなかったかのように無視された。
少しは、私が裕樹のことを好きかもって思ってよ。
好かれてるかも、って思ってよ。
私が長年抱えた想いをなかったことにしないでよ。
そう言ってしまいたかった。
でも、そんなことを言うと、もっと傷つきそうだった。
惨めになりたくない。恥ずかしい思いをしたくない。
「都会は良い男たくさんいるだろうから、優菜もすぐ彼氏できそうだな」
私は裕樹が彼氏になることを夢見てたよ。
好きな人に、容赦なく何度も胸を刺される。
悲しみと、痛みに耐えきれず涙が頬をつたい、濡れた頬を潮風が冷たく撫でる。
好き。好き。好きなの。
口に出す勇気はなく、心の中で叫ぶも、海が大きな音を立てるから心の声すらかき消される。
道路に出ると、皆が楽しそうに花火をしていた。
地面に置かれている花火の袋には、線香花火が一つも減ることなく残っている。
裕樹の彼女が大きく咲かせた打ち上げ花火だとしたら、私は袋から出されもしない線香花火だ。
その線香花火の束を手に取り、私はそっと、バケツに沈めた。