太陽ひとつ、恋ひとつ
八月十五日(木)
 それからの二週間は、約束通り映画を観にいったり、航大の部活が午前までの日は午後から出かけたりと、どこか当然のようにデートを重ねた。
 期間限定だとしても形式ばった関係にならないのは、幼なじみとしての信頼……のようなものがあるからなのかもしれない。
 でも、このままでいいのだろうか。
 二人の時間を楽しいと思えば思うほど、すぐに悲しくなる。終わりを実感してしまう。
 唯川さんの顔が、浮かんでしまう。
「うそ……」
 突然画面を光らせたスマホを見て、思わず呟いた。手にとって、耳に近づける。
「も、もしもし」
『今、ヒマ?』
 電話をかけてきたのは、航大だった。
 毎日聞いている声なのに、どうしてこんなにも泣きそうになるのか。
『風呂入った?』
「まだだけど……」
『じゃあ花火しようぜ』
「え? もう九時だよ?」
『そんな遅くなんねえから』
「えー……」
 可愛くない反応をしつつ、体は玄関の方へと向かってしまっている。その証拠に、約束場所であるマンション下の公園に着いた時「案外早かったな、来んの」と言われた。
「……どれ? 花火」
 どう答えていいのかわからず、話を逸らすように尋ねた。「おう、これ」と足元の花火セットを指差す。
「航大にしては計画的な量じゃん」
「どーいう意味だよ」
 もっと巨大なパーティセットみたいなものだったらどうしようかと。
「でも、急にどうしたの?」
 しゃがんで一本手に取る。それを見つめながら尋ねた。
「いいじゃん、夏の終わりって感じで」
「まあ、確かに……」
「それもあるけど」
 意味深な発言をしながら、私が持つ花火にチャッカマンで火をつけた。色とりどりの光が激しく放たれる。
「七波、花火好きだったよなって思って」
 思わず航大の顔を見た。
 赤くなっていると思ったのは、気のせいだった。花火が赤いから。今は緑。航大の顔の色も緑。ずっと赤のままでいいのに。
「最近のお前なんか変だから、とりあえず楽しめることしたかったんだよ」
 顔や行動には出さないと決めていても、しっかりと違和感を与えてしまっていたようだった。
 心痛むような、少し嬉しいような。
「デート、楽しかったよ?」
 この科白に嘘はない。ただ、「楽しい」の先を考えてしまう瞬間が多すぎたの。
 ごめんね、航大。
「そりゃあ、全部俺が出してんだから楽しんでもらわねえと」
「約束ですから」
「まあな」
 笑い合った後、航大は袋から線香花火を二本取り出し、「やろうぜ、勝負」と私に一本渡す。
「負けた方は勝った方の言うことを聞く。いいな?」
 終始ドヤ顔の航大だったけれど、結果は私の圧勝。火をつけた瞬間に蚊に足首を刺されたようで、「かゆっ」と動いたのが何よりの敗因だった。
「くっそお、蚊の野郎……、腹立つわあ」
「実質二対一だったね」
「で? 何が望みなんだよ」
「望み……」
 呟いて、航大の大きな目を見つめる。「おう」と唇が動いた。険しい表情で、私の言葉を待っている。
 私は、ただ――。
「……意外とさ」
「うん」
「あんたと遊ぶの楽しいかも」
「うん……、で?」
「以上だけど」
「は? ただの感想かよ。しかもさっき聞いたし」
「別に望みなんてない」
「さっきの勝負なんだったんだよ」
 「俺の本気を返せ!」とかなんとか言い、口を尖らせる。
「何かしたいこととかねえのかよ」
 片付けを始めた航大の背中に、視線を向ける。
「じゃあ、ひとつだけ」
「なんだよ」
「花火」
「したじゃん、今」
「じゃなくて! ……花火大会」
 バケツの取っ手を掴もうとした手が止まる。私を見つめ、俯いた。
「一緒に行きたい」
 私は目を合わせて、伝えた。
 花火大会は、二十五日。夏休み最後の日だ。
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