太陽ひとつ、恋ひとつ
八月二十五日(日)
「おっす」
 玄関の扉を開けると、Tシャツにデニム姿の航大が立っていた。
 なんだか嬉しくなった。私もTシャツとデニムのコーデだったから。いや、コーデなんて言えるレベルではない。ラフにも程がある。
 浴衣なんか、小さい頃に家族と行ったっきりだ。今更着たいとは思わないし、これが私たちなりのスタイルだったりする。
「なに笑ってんの?」
 同じ考えだと確信し、私も笑いを隠し切れないまま尋ねた。
「……なんでもねえよ。つーかお前もな」
 自然と手をつながれる。
 服装はいつも通りでも、この手はまだ一ヶ月程の経験しかない。
 それも今日で終わり。この感触も温もりも、明日からは存在しない。
 そうわかっていても、終わりになんかさせたくなかった。幼なじみ以上の感情に気づいてそのまま、なんて嫌だった。
 今日、航大に告白する。
 そう決めた時、不思議と恥じらいはなかった。
 自信があるとかそういうことじゃない。自分の気持ちを航大に知ってほしい。それだけだった。不安なのは、断られた後の気まずい空気くらいだったり。
「なんか食うか」
「そうだね」
 変わらない中にも変わったことはある。それは、「幼なじみ」の私たちなら、会場の神社に着いて最初に向かうのは射的だっただろうな、ということ。
 あと、心なしかいつもより会話が少ない。つないだ手への意識が強くなる。
 二人でいたいのに、二人きりが苦しい。
「あっ……、青羽くんっ」
 震える声に目を向けると、自然と手が離れた。
 唖然とする前に、これでよかったと思えた。浴衣を身にまとった唯川さんがあまりにも可愛くて、私にはない女の子らしさが、嫌というほど目と身に染みたから。鳥居の傍らに立つ姿がいじらしい。
「え、唯川一人?」
 航大が尋ねると、唯川さんは俯いて「うん」と頷いた。
「青羽くん、みんなの誘い断ってたから、行けないのかと思ってた」
 みんな、とは部活仲間のことだろうか。
「あー……、先約あったから」
 航大の答えに、唯川さんは何かを確認するように私に目を向ける。
「ほんとはね、協力してもらうつもりだったの」
「協力?」
「みんなに青羽くんのこと誘ってもらって、私も付いていく……みたいな」
「それって……、何の意味が?」
 航大は、少し困ったような表情で尋ねた。「いいの、もう」と答える唯川さんの傍らで私は、彼の鈍感さを好都合と受け止める自身を恥じた。
 ずっと、私以外の気持ちに気づかなければいいのに。私以外の特別にならなければいいのに、と。
「結局なかったことになったから」
「……なんかごめん」
「ううん、そもそも誰かに頼るなんて間違ってた。これでよかった」
 「だから一人で来たの」と続ける。
「偶然でも奇跡でも何でもいいから、青羽くんに会えたらなって……」
 そう伝える唯川さんの表情を見たら、痛いことを考えてしまった。言葉にするなんて以ての外で、考えることすらしたくないこと。
 私と航大、二人だけの世界なんてどこにもない。他に誰かは必ず存在していて、航大を想う誰かもいるということだ。
 そんな当たり前のことを、私は忘れてしまっていた。というより、考えないようにしていた。それくらいに好きになってしまった、航大のことを。大好きになってしまった。
「あのね……、青羽くん。私……」
 だからといって、何も変わらない。どんなに想いが強くても、妄想が現実を超えることはない。
 私の足先は、二人とは別の方向へと向いた。動き出すのも時間の問題だった。
「柏井さん!」
 しかし、その声でいとも簡単に止まる。振り返りたくなかった。
「前に言ったよね、いつか伝えるって。ちゃんと見ててほしいの」
 なんで。なんで私が。ただの幼なじみなのに。「今日までの」彼女なのに。
「……無茶言わないでよ」
 自分でも驚く程の低い声が出た。でも、しっくりきた。今の私には。
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