太陽ひとつ、恋ひとつ
 プールから上がった航大は、私たちが荷物を置いているレジャーシートとは別の方向へと歩き出す。
「どこ行くの?」
 私の質問に振り返ると、「売店」とまた単語だけで答えて再び歩を進める。
「そっか……」
 そんな呟きが届くわけもない。航大の足元は止まらず、ただ背中が遠ざかっていく。
 私、今日おかしい。
 あれだけただの幼なじみと思っていたのに。
 航大の顔を見ると、苦しい。
 本当に夏バテみたいな、プールに溺れてしまったみたいな苦しみが。
 鎖骨にキ……、口をつけてしまったから?
「どした?」
 下から覗かれ、苦しくなる。同時にどきっとした。おかしい。明らかに変だ。
「別に」
「なんだよ。つーかそれ、昔流行ったよな」
 私が苦しんでいることなんかお構いなしに、ケタケタと笑っている。
 そりゃそうか。人の心なんて、気持ちなんて、わかるわけないもの。私自身もわかっていないのに。
 でも一つだけ、わかるのは。
「お前が言っても違和感しかねえわ。似合わねー」
 これだけ笑われているのに、傷つかない。ムカつかない。むしろ愛おしい、と思う。可愛い、とも思う。言ったら絶対にキレられるけれど。
「なんで」
「あ?」
「なんで戻ってきたの? 売店行くんでしょ?」
 自分の変化に、気持ちに、気づきたくなかった。気づいたところで、待っているのは終わりだけ。
「お前が急に立ち止まったからに決まってんだろ」
 心臓をぐっと掴まれたかのような痛み。苦しい。けれど、辛くない。
「心配して?」
「当たり前だろ。今日おかしいし、お前」
「暑いからね」
 適当な理由を付けて返す私に、「なんなんだよ」と呆れて笑う。
「お昼、食べよっか」
「売店行こうとしてたけどな」
「じゃなくて」
「は?」
「お弁当、作ってきたから」
「えっ、マジで?」
「あまり美味しくないけど」
「食う前に言うなよ」
 気づくわけにはいかない。ずっと、そばにいるためには。
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