初恋の糸は誰に繋がっていますか?

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商品発表後と下村さんとのことが一段落して私達は温泉旅行に行くことにした。
達貴さんはもっと早くに行きたかったのに申し訳ないと言っていたが、商品を出せば良いという訳ではないしそもそもが情報漏洩やら私のことやらで忙しく無理も無い。
それでも少しでも時間を作ってくれたことで、この広いマンションは以前のあまり物は無かったが、今では私と色違いの食器や可愛いぬいぐるみがソファーにいたりする。

元々この広いマンションは達貴さんが住みたくて住んだのでは無く、親友が家族と住むために契約したものの、事情があって住む場所を奥さんの実家近くにするために一度も住むこと無く手放すことになった。
どうせなら信用出来る人に売りたいと達貴さんは頼み込まれ、仕方なく買い取ったらしい。
その友人ご家族が住んでいたのが、私が元住んでいた街。
彼と駅で出会ったのは、その友人宅から帰るところだったそうだ。
そんな事が起きなければ、あの日私は達貴さんと出会うことは無かった。
出会って心配されることも無かった。
達貴さんは、親友がある意味縁を結んでくれたのは感謝すべきだが、一人暮らしにファミリータイプの家を売りつけられたときは恨んだと笑いながら話してくれた。

いつも二人で過ごしたこの家以外で達貴さんと泊まりに行くのは初めて。
彼の運転する車の助手席に乗り、彼の整った横顔をそっと盗み見る。
「どうした?」
「運転してる横顔も格好いいなって」
「理世専用の助手席に座るとそういう言葉が出てくる作用があるのは良いものだ」
「意地悪」

ふい、と窓の方に顔を向けると、彼が見えなくても機嫌の良い空気は伝わってきてくすぐったい。
最初この車に乗ったとき私はまだ彼の交際相手について誤解していて、この助手席は彼女のものだと思っていたけれど、今日乗るときに達貴さんはわざと、この席は今後も理世だけの席だ、好きに動かして良いと笑いを我慢するような顔で言ってきた。
よほど私はその時変な顔をしていたのだろう。
それはそうだ、君は特別だと言うような言葉を伝えられて嬉しくなってしまうのは仕方が無い。
私がシートを慣れない手つきで自分に合うように移動させてこれなら大丈夫かなと思い視線に気づくと、暖かなまなざしで達貴さんが見ているのでこれまた居心地が悪い。
一緒に暮らし始める前から優しかったけれど、特に一段落したここ最近の彼から向けられるまなざしは甘さにちょっとした意地悪が混ざっている。
総合すれば、毎日蜂蜜を彼からスプーンで口に与えられているようだ。
こういうことはひたすら慣れていないので、とても甘い蜂蜜に溺れそうで怖くなる。

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