初恋の糸は誰に繋がっていますか?

「どうぞ」

完全にいたずらな顔で差し出している。
恥ずかしがって怯んではまた負けると謎の対抗心を燃やして顔を近づけて一口食べると、焼き菓子が半分に割れた。
残りはどうするのかと食べていれば、達貴さんはその残りを食べてしまった。

「なるほど、理世が持ち帰りたい気持ちもわかる」
「どうせなら最初から半分にしませんか?!」
「そんなことをしたら理世が顔を真っ赤にしたり、恨めしそうに俺を見るのを楽しめないじゃ無いか」
「やっぱり達貴さんって意地悪!
みんなに言ってやるんだから!」
「どうぞ。
でものろけだと呆れられるだけだと思うが」

彼はずっと楽しそうだ。
私は彼の腕をぺしりと叩けば、彼はただ私を優しい瞳で見下ろす。
恥ずかしくて話題を変えた。

「夕食まで時間あるしどうしますか?
温泉に入りますか?」
「そうだな、まずは一度入るか。
ここの温泉は美肌の湯と言われてるらしいし理世の湯上がりが楽しみだな」
「達貴さんもう酔ってます?」

思わず拳を握って笑顔を見せると、達貴さんはきょとんとしてからまた笑った。

「まずは理世が入っておいで。
ちょっと電話したいところがあるんだが良いだろうか」
「もちろんです。
達貴さんが全く仕事なしで土日過ごしてたことなんて見たことないので」
「それは、すまない」
「責めているんじゃ無いですよ。
仕事している達貴さんはとっても格好いいから」

彼はそう返されるとは思わなかったのか、少しだけ驚いた目をした後に口元を緩めた。

「嬉しい言葉だが、仕事以外でも格好いいと思ってもらうように努力しなければな」
「既に充分格好いいのでそれ以上格好よくなるのは勘弁してください」

私が努力しても彼の眩しさには到底敵わない。
それでも私を大切にしてくれる彼のために、美肌の湯で少しでも美しくなれたらとお風呂に向かった。

せっかくなので露天風呂に入れば、とろりとした湯が体を包む。
川のせせらぎに風が時折さーっと吹いて、木々が音を立てる。
ちょうど良い温度に風が顔に当たるとなんとも気持ちいい。
この露天風呂はリビングからは上手く陰になっているので、リビングで電話している達貴さんは見えない。
自然の中で温泉につかりながら、不思議な気分に陥る。

初恋の人が捕まってショックだったのに、不審な靴音、元彼の出現、何故かプロジェクトメンバーに入り達貴さんとの接点も増えた。
怖い思いをしたせいで達貴さんの妻になり、仕事のトラブルと下村さんのつきまといも一気に解決して今がある。

「怒濤の数ヶ月だった」

息を吐くように数ヶ月を振り返る。
初恋の彼が逮捕されショックを受けていた私に教えてあげたい。
数ヶ月後には好きになった人から結婚を申し込まれて入籍するのだと。
きっとその頃の私は信じないだろう。
それだけありえない未来にいる気がした。
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