初恋の糸は誰に繋がっていますか?
「金沢くん」
「はいっ!」
低い声で名前を呼ばれ声が裏返りながら返事をすると、そこには森山常務がノートパソコンを小脇に抱えたまま私を見ていた。
先に常務は出て行ったと思ったのにいつの間に戻っていたのだろう。
常務がいつからここにいたのかはわからない。
既に会議室には二人だけ。
ドアは開いているが通路から人の声は聞こえない。
「彼と知り合いなのか?」
「その」
もしかしたら知り合いと言うことでプロジェクトで何か迷惑を掛けてしまう可能性があるのだろうか。
情報漏洩をしそうだと疑われたりしては困るし私だって不本意だ。
事情を話そうとしたら、
「いや、すまない。
プライベートに踏み込むべきでは無いな」
きびすを返し部屋を出て行こうとした常務の前に、急いで回り込んで見上げる。
常務は突然前に来た私に驚いたようだった。
「すみません、こんな時ですが昨日のお礼を言わせて下さい。
昨日は送っていただきありがとうございました。
タクシーで帰られたのでしょうか。
タクシー代をお支払いしたいのですが」
私の言葉に彼が眉間に皺を寄せる。
「私が勝手にやったことだから君が気にする必要は無い」
「失礼致しました」
身体を縮こまって頭を下げると、軽いため息が聞こえて呆れられたのかと悲しくなる。
以前から常務のことは尊敬している。
彼に仕事で助けられたこともあるし、この会社に来て彼の遠慮無い指摘により改善した点も多くある。
そんな人から嫌われたくは無い。
焦る気持ちが強くなり、誤解をされないようにと思い出したように彼のことを話し出した。