初恋の糸は誰に繋がっていますか?

「多分大丈夫かと」
「急に言われても覚えているわけが無いのは仕方が無い。
合鍵を作って不在の間に侵入し、物色するような事例もある。
それで聞いたんだが」

その話しにぞっとして思わず身体を抱きしめた。
家の中をキョロキョロしてしまうが、人が入ったなんて思うと怖すぎる。

「悪い、怖がらせた」
「いえ、今後注意します」

彼は考え込むような顔をして一瞬口を開き掛け、また閉じる。
そんな顔をさせてしまったことが申し訳ない。
こんなに心配してくれているのに、これ以上彼を、会社の関係者だからと迷惑を掛けるわけにはいかない。
私は彼を安心させるように笑顔を作る。

「色々とご迷惑おかけしました。
森山さんにお忙しい中お気遣い頂いたこと、忘れません。
お礼は後日させて下さい。
明日からはプロジェクトメンバーの一員として、仕事をより頑張らせて頂きます」

彼に頭を深く下げた。

「迷惑だなんて思っていない。
もう謝らなくて良い、これは俺が勝手にやったことだと言っているだろう」
「そうやって森山さんが私に気を遣わないようにして下さったのも本当に嬉しいです」
「結局話し方はすぐ元に戻ったな」
「これでも砕けて話している方だと思います。
それに明日からはいつも通り常務と平社員という関係に戻りますし」
「そうか。君にとってそれが楽ならそれで良い。
ただ約束して欲しい」

ドアは森山さんが手で押さえているが、一歩彼は私の方に近づく。
部屋に上がっている私との距離が近くなり、このいつもの家に彼が存在していることに不思議な気持ちがした。

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