初恋の糸は誰に繋がっていますか?
午後の仕事を終え、定時は過ぎているもののあまり残業せずに済みそうだと周りを見渡す。
総務部は既に私だけ。
他の部署はまだまだ残っている人がいるが、早く帰れるなら帰りたい。
森山常務はこのフロアに部屋を持っているけれど、メールを貰って以来顔を見ていない。
出張に打ち合わせ、外に出ていることが多いようで、彼の顔が見られないことが本当に寂しい。
意識しだした途端にこれだ。
それにあの返事をしていない、両方に。
スマートフォンを確認すると、下村さんからメールが届いていた。
『お疲れさま。
今日は帰りが早いんだ、一緒に帰らない?』
送られていた時間は二時間ほど前。
終わる時間を考えて送っているのだろうが、あの返事をするためにも会う方が良いのかもしれない。
返事を打ち込もうとしたら、背後から名前を呼ばれた。
呼んだ相手を見て思わず眉間に皺を寄せる。
営業の男性で三十代なのだがいかんせん人付き合いや仕事の能力に難があり、その尻拭いを何度も総務はやらされた。
営業成績も当然良くないのでそろそろ移動だろうという噂は本人の耳にも入っているらしく、余計に面倒がるようになって要注意人物の一人になっていた。
「悪いんだけどさぁ、ここにお花贈っておいてくれない?
亡くなったって連絡来て明日葬式なんだと。
これ葬儀場の連絡先ね。
じゃ、俺帰らないと行けないから」
渡されたメールのコピーの内容を確認し、私は既に歩き出していた彼を呼び止める。
相手企業からメールが届いたのは三日前。そして葬儀は明日の昼。
放置していたのは明らかだ。
「これ三日前に届いているじゃ無いですか」
「メールってたくさん来るから埋もれちゃったんだよ。
いや、迷惑メールボックスに入って気づかなかった気がする」
「そんな訳がないでしょう。
亡くなられたのは取引先社長の奥様じゃないですか。
こちらの葬儀場は大きくてお花は専門店が一括で受け付けるんです。
その締め切りはとっくに過ぎていますよ」
「まだ間に合うんじゃ無い?」
「何を悠長に言っているんですか。
既に締め切っていますが、まだお店が営業中なら望みはあるかもしれませんから確認してください。
間に合わなかったら明日朝一でお店に連絡して、駄目ならご自分でお花を持って葬儀の前には搬入するようにしなければ」
「葬儀とか出ないけど?」
「え?大切な取引先ですよ?!」
「でも社長が経営している会社と取引しているんであって、奥さんは関係ないじゃない」
へらへらととんでもない事を話すこの人に頭の血が上りかけたとき、背の高いシルエットが私達の横に現れた。