初恋の糸は誰に繋がっていますか?

「聞こえていたのは一部だけなのだが、君、もう一度詳しく説明してくれないか。
取引先社長の奥様の葬儀に出られない理由と、対応をここまで放置した理由を」

静かな怒りが伝わるような低い声。
私が顔を上げると、そこには冷たい表情で男性を見下ろす森山常務がいた。
男性を見れば、わかりやすいほど青ざめた顔で口が開いてる。

「理由の説明を求めているのだが」
「いや、その」
「取引先の社長だけで全てが回っているとでも?
その重責を支えていたのは社員だけじゃ無い、一番側にいる家族、奥様だろう。
会社側から連絡が来ている時点で奥様の存在が会社にとって大きいことかくらい考えなくても分かることだが。
で、君はどんな理由でこの大切な葬儀を放置して良いと判断したんだ?」

ゆっくりと低い声は、彼の首を絞めるように続いていた。
聞き終わって男性を見れば、口をパクパクさせたままで口の端を引きつらせる。

「いや、誤解です。
これは俺が、私がしっかり対応しますんで」

私の持っていた連絡先をひったくって後ずさりながら退散しようとした男性に常務は、

「君はかなり忙しいようだ。
営業部の課長に報告して判断を仰ごう。
それに、帰りたいのだろう?」

淡々とした常務に完全に気圧された男性は半泣きのような顔をして、挨拶することもなく逃げるように出て行ってしまった。
大人の男性があんな泣きそうな顔で逃げ帰る姿を見たのは初めてでは無いだろうか。
ぽかんとしそうになって我に返った。

「とりあえずお花の手続きを!
もう時間的に営業終了している可能性が!」
「任せる。
駄目だったら連絡してくれ、知り合いの花屋に聞いてみよう。
この件は課長に伝える。部屋にいるから後で報告が欲しい」

私は頷いてすぐに花屋に電話したが案の定営業終了のお知らせが電話口に流れる。
そんなことで終われない。
葬儀場に直接電話をし事情を説明すると、特別に花屋のもう一つの電話番号を教えてくれた。
企業などは総合受付用の電話は時間通りにしか開けず、携帯や他の電話番号でやりとりをしているものだ。
運良く担当者がつかまり、費用を多めに支払っても良いのでお願いできないか頼み込むと、そのままの料金で間に合わせますよと受け付けてもらえた。
何度も礼を伝え電話を切れば既に三十分以上経っていて、私はすぐに常務へ電話を掛けて報告をした。

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