初恋の糸は誰に繋がっていますか?

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それから一ヶ月が経ちそうになっていた。
デザインの絞り込みに入り、フィグスが参加することも多く、何故か下村さんと帰ることも何度かあった。
彼の同居人は来月出て行くことになったらしい。
部屋をどうしようか悩んでいるという彼の会話は、私にどうするの?と聞いているのと同じであることはわかっていた。
そのたびに、私はあの家で大丈夫ですと繰り返した。


この頃は割と早めに帰れたのに、月末と言うこともあって帰りが遅くなった。
終電二つ前に滑り込んで駅を降りると、この時間では駅前の飲み屋とコンビニくらいしか開いていない。
スマホが震えるのに気づいて鞄から出すと、下村さんからのショートメッセージだった。
まだ会社で追い込み、泊まりかもという内容と共に、商品のデザインが表示されたディスプレイとその前にはエネルギードリンクが二本並んでいる。
プライベートなやりとりはしないと言ったのに、こういう仕事を絡めたメッセージを送られれば無視も出来ない。
頑張って下さいとだけ返信し、スマホを鞄に入れた。

疲れて頭が回らない。
さっきコンビニに寄って甘い物でも買えば良かった。
そろそろ家に近づいてきたというときに気がついた。
後ろに靴音がすることを。

思わず立ち止まれば靴音も止まる。
ずっと起きてなかったのに。
でももうすぐ家だ。
私は鞄のひもを強く握って走り出した。

久しぶりに走って段々足が重くなる。
息も荒くなって自分の運動不足を呪った。
後ろからはかなり早い靴音が私の息づかいの合間に聞こえる。
マンションが見え、私は気を抜きそうになったのを叱咤して走り込んだ。

カツカツカツカツ。

(え、マンションの中にまで?!)

私はパニックになりそうになりながら、鞄からキーケースを出す。
すぐさま鍵を鍵穴に差し込もうとするのに入らない。
自分の手が震えていることに気づき、奥歯をかみしめて手に力を込めた。
鍵が開き、すぐに入るとドアを勢いよく閉める。
鍵をかけストッパーもかけて私はドアノブを何故かガチャガチャと回した。
きちんと鍵がかかっているのか不安でたまらなかった。
そして耳をそばだてる。
靴音はしない。
そっとドアのスコープを覗こうとしてやめた。
もしも相手が覗いていたら。

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