初恋の糸は誰に繋がっていますか?
第六章 急転直下の入籍
荷物をまとめ、数日分の衣服も入れる。
週末もっと取りに来れば良いし、その前に必要な物があるなら車を出すからと森山さんは急かすこともなく私の荷造りしている側にいた。
森山さんの家に着き、私はソファーで俯いていた。
不審者が私を以前から狙っていたのか、それとも今回は家まで行けそうだと思ってついてきたのかわからない。
ニュースで何度も見てきた。
家に入る瞬間を狙われること、三、四階くらいなら窓を開けていれば外から入ってきてしまい恐ろしい目に遭うと言うことを。
あの時のことが蘇る。
顔は覚えていないのに、ニヤリと笑った男の口元、私を掴む男の手。
ぎゅっと身体を握りしめ、奥歯をかみしめながら震えそうになるのを耐えた。
そこにふわりと背中からブランケットをかけられ、身体を抱きしめたまま顔を上げる。
私の斜め側に、森山さんが床に膝をついて私を心配そうに見ていた。
「何か温かいものを作ろう。ココアを買ってあるから」
私は声も出せず、ぼんやりと彼を見ていた。
森山さんは私に手を伸ばしかけてその手を下ろすと立ち上がり、キッチンに向かっていった。
どうしよう、どうしよう。
きっとあの家にはもう住むことは出来ない。
もしも不審者が私をターゲットから外したとしても、私にはそれを知るすべが無い。
どこかでこんなことが起きているのに自分は大丈夫だと思っていた。
それが現実に起きて、いやまだ何をされているわけでも無いのにこれだけ怖い。
小さい頃あれだけ怖い目に遭ったのに、私の記憶はうまくその記憶に蓋をしてくれた。
時折その蓋が開いて恐怖を抱いても、人に助けられここまできたと思う。
あの時もお兄ちゃんがいたから私はあれで済んだ。
今回も森山さんがきてくれなければ、明日会社に行っても自宅に帰ることが出来たかわからない。
甘い香りがして見えたのはココアの入ったカップだった。
「あまり熱くしないようにしたが、気をつけて飲んで」
私は頷いて一口飲む。
甘い液体が喉を通り、空になっていた胃をゆっくり温めている気がする。
ちびちび飲みながら、また涙が出てきて情けなくなった。
それを森山さんがティッシュで優しく拭ってくれる。