初恋の糸は誰に繋がっていますか?

「俺と結婚して欲しい」

真剣な表情。
目の前にあるのは婚姻届。
どうしてこういう流れになったのか。

「すみません、理解が」
「率直に言えば、君を守るための法律的な立場が欲しい。
今は会社の上司と部下という関係だが、それでは警察にも何にも口が出せない。
しかし夫となれば違う。
妻を守る為に夫として広く行動が出来る」
「待ってください!
森山さんが私をとても心配してくれているのは充分にわかっていますし感謝しています。
ですがこれはやりすぎです。
森山さんの経歴に傷がつきます!」

彼のシャツの袖を引っ張り訴える。
なのに彼は私に優しげな視線を向けた。

「俺の気持ちでは無く、一番は君の気持ちだ。
俺を嫌いならもちろんこの話はナシになる。
だけれど、少しでも俺を嫌いじゃ無いのなら、俺が側にいることが嫌じゃ無いのなら、結婚を考えてはくれないか。
もちろん期間限定などじゃない。
俺は君となら結婚したいと思っている」
「森山さん、おかしいです」

躊躇したが言葉にする。

「そこまですることないんです。
たまたま気にかけた部下に、自分の結婚という大切なもの差し出すなんて」
「俺はこれが縁だと思っているんだがな」
「縁って、ただ心配してそう思ってるだけです。
結婚は好きな人同士がするものなんですよ?!」

力を込めて言うと、彼は私の前に来て昨夜のように膝をついた。
そしてまた私の手を包む。

「君のことが好きだ」

見上げてくる切れ長の目。
整った口元から、低くて甘い声が私に向けられた気がした。

「君のことが好きだから、同居を持ちかけた。
大切な相手が怯えている、俺は君を守りたい。
好きだからこそ守りたいんだ」
「そんな、そんなの嘘です」
「何故」
「きっとあの駅で怯えているのが他の女性でも、森山さんは助けました」
「そうだな、送ったりしただろう。
だが同居に誘うなんて事はしない。
自分のテリトリーに他人を入れるのは苦手なんだ。
君が側にいてくれることは俺にとっても落ち着くことなんだよ」

信じられない言葉の数々に、私の胸は締め付けられる。
だって好きな人から結婚を申し込まれているのだ。
嬉しいのに、どうしても信じられない。

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