偽りの夫婦〜溺愛〜
一通り紫陽花を見て車に戻っていると、突然雨が降り出した。

しかも、あっという間に大雨になる。

紅羽が着ていたシャツを脱ぐと、双葉の頭からかける。
「双葉、走るよ?」

そう言うと、双葉の手を握った。
そして、駆け出した。

パシャ、パシャと足音をさせながら、急いで駐車場に向かう。

そんな状況なのに、双葉は紅羽ばかり見ていた。
掴まれた手の温もりと、握りしめる手の強さ。
濡れた紅羽から滴る雨が、キラキラ光っていて綺麗だ。

駐車場に着き、リモコンキーで鍵を開ける。
後部座席に押し込むように乗せられ、隣に紅羽が乗り込んだ。

「かなり濡れちゃったね…
大丈夫?
寒くない?」
ハンカチを取り出し、双葉の顔や身体を拭く。

「濡れたのは、紅羽さんですよ!
私は紅羽さんのシャツに守ってもらったので、大丈夫です!
紅羽さんの方こそ、寒くないですか!?」

「僕は大丈夫!
身体、強いんだ!」

「ちょっと待ってください!
確か、タオルを……あ!あった!」

入れておいて、良かった…!

万が一のためにバッグに入れていたタオルを取り出し、紅羽の髪の毛や顔を拭く。

「僕はいいって!」

「ダメです!
風邪ひいたら、大変!!」


しかし…………………

この日の夜中。
「んん…!!?」

頭痛い…
身体が熱い…
だるい…

双葉は夜中、うなされるように目を覚ました。

(おかしいな…
あれから帰ってすぐにシャワーを浴びて、あとは身体を冷やさないようにしてたのに)

だるくて重い身体をなんとか動かし、ベッドから下りてリビングへ向かう双葉。

体温計で熱を測ると、38.5℃の熱が出ていた。

「紅羽さ…助けて…」
双葉はふらっと立ち上がり、寝室に向かった。

紅羽を起こそうとして、ピタリと止まる。

「だ、だめ…」
(こんなことで、迷惑かけられない!
自分でどうにかしないとだ…
えーと…何をすればいいんだろう…)
悶々と考える。

「とりあえず、身体…冷やさな…と……」
(朝までにせめて動けるようにならないと、家事が出来ない)

紅羽さんに、嫌われたくない………!!

キッチンに向かう。
身体が重くて思うように動かない。
でも、夜中のうちに少しでも治しておかないと、朝ご飯とお弁当が作れない。

双葉は咄嗟に、込山に電話をかけていた。

“紅羽に嫌われたくない”
その思いだけに支配されていた。

『―――――ん…もしもし?』
少しかすれ声の込山の声。

その声を聞くだけで、安心する。

「込山…」

『え!?お嬢様!?
どうされました!?』
込山の焦った声。

「身体…きつくて…
明日、朝…まで…に、動けるよ…に、ならな、いと…」

『お嬢様!?』

「お願…込山…
紅羽、さ…に…嫌われ、たくない……!!」


『……………
すぐにそちらに参ります。
マンションに着きましたら、またご連絡しますね』

双葉は安心したように、その場でパタン…と倒れた。
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