偽りの夫婦〜溺愛〜
「――――初めまして、吉瀬川 双葉です」

丁寧に頭を下げ、穏やかに微笑む双葉。

「初めまして、薬師寺 紅羽です!」
紅羽も微笑み、頭を下げた。


紅羽と双葉は、人気のない庭に出た。

「今日は少し冷えますね…」
「えぇ…」

季節は春。
日中は暖かいが、日が落ちるとまだ肌寒い。

紅羽はジャケットを脱ぐと、双葉の肩にかけた。
「え……」

「すみません。
寒いのに、外に連れ出してしまって…」

「大丈夫ですよ。
それよりも、薬師寺さんが風邪をひきます。
私は大丈夫ですから!
中へ戻りましょう!」
慌てたように、ジャケットを返す。

「でも正直、中には戻りたくなくて……」

「え?」

「だって、汚くないですか?」

「………」

「みんな酒を飲みながら、笑顔で話している。
楽しそうだけど、媚を売ったり、見栄を張ったり…
心の中覗けば、みんな真っ黒ですよ?(笑)
そんなところには、いたくない。
みんなが見てるのは、僕のことではなく“薬師寺”と言う名前」

「………」

「あ…すみません!
吉瀬川さんにこんな話…
吉瀬川さんは、初めてこのようなパーティーに参加したんですよね?
なのに、こんな汚い話をしてすみません」

「………私も、そう思ってました」
肩を竦める紅羽に、双葉は苦笑いをする。

「え?」

「ここに来てすぐに、色んな方と話をしました。
皆さん、とても優しくて良い方。
でも……」

「でも?」

「二言目には“お父様によろしくお伝えください”って……
誰も、私を見てないんだなって(笑)」

困ったように笑う双葉を見て、紅羽は(きっと、ピュアな人なんだな)と思っていた。

同時に……こんなピュアな令嬢と“政略結婚”をしなければならないことに、胸を痛めていた。

薬師寺と吉瀬川のために、利用されるようなモノだ。


「…………薬師寺さん?」

切なく表情を歪めていると、双葉が心配そうに見上げていた。

「え?あ…
えーと…喉、渇きませんか?」

「あ、そうですね(笑)」

「じゃあ…
会場に戻り――――――」

「―――――お嬢様」

紅羽が会場に促そうとすると、後ろに控えていた紳士が声をかけてきた。
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